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メイドを召喚したと馬鹿にされた。 そのメイドが、メイドらしい仕事と言える仕事が全くできず馬鹿にされ。 そのメイドがどうやら人ならざるもの……ゴーレムらしき存在であることを彼女の口から伝えられた時は、 それはそれは喜んだものだが、よくよく考えてみるとメイドのゴーレムなどあまり褒められたものでは ないのではなかろうか。 いくら精巧に人間に似せて作られたところで、このゴーレムは所詮召使いをするためだけに作られた物。 それも、召使いとしての性能は皆無と言える。 これではなんの価値も無い、とまでは言えないが、実益は全くありはしないではないか。 それに気付いた私は、酷く落胆した。 授業中、他の生徒達に馬鹿にされた私は、とうとう頭にきてしまった。 そして、使い魔のメイドに言ってしまったのだ。 私は後悔した。 彼女に言った台詞を、私はとても後悔した。 「もう! アンタ、あいつらをなんとか黙らせなさいよ! なんかないの? こう、特技とか……」 「命令をご確認します。目標の沈黙。命令に間違いは無いでしょうか?」 「えッ。あ、アンタ、なんかできるのッ?」 「命令に間違いはないでしょうか?」 「え、ええ。やっちゃってちょうだいッ。下手な芸だったら許さな――――」 「了解しました。命令を実行します」 惨劇。 メイドが両腕を水平に掲げたと思ったら、間も無くけたたましい銃声。 原理は全くわからない。 ただ、とてつもなく高速、そして連続に発砲されているのはわかった。辛うじて。 机を、壁を、窓を、そして生徒を。 全て銃弾は打ち抜いた。 やっとこ紡ぎ出した、私の制止を求める声を聞いて、彼女は攻撃を中止してくれた。 銃撃の止んだ教室は、呻き声と泣き声と悲鳴で埋め尽くされていた。 死人が出なかったのは、本当に奇跡だと思う。 あれで謹慎で済んだのだから、それこそ本当に奇跡だと思う。 ああ、本当に思い出したく無い出来事だ。 しかしその後の彼女の活躍は目覚しいものだった。 盗賊の繰り出した巨大なゴーレムを、掌から放つ光線でバラバラにしたり、 傭兵達からの容赦ない攻撃から、身を挺して私を庇ってくれたり、 スクウェアクラスのメイジと対峙し、なんと勝利をもぎ取ってしまったのだ。 今、私はコルベール先生と共に、技術者をしている。 先の戦乱で、私のことを守るために奮起した彼女は、遂に破壊されてしまった。 そして彼女の左手に刻まれたルーンは、跡形も無く消滅してしまった。 しかし、彼女は私にとって永遠に唯一の使い魔である。 彼女をこの手で再び目覚めさせること。 このことに、私の残りの人生の全て捧げようと思う。 彼女は私にその身全てを捧げて、私を守ってくれたのだから。 そして、できることならば。 できることなら、蘇った彼女が再び戦場へ向かうことが無いように、 彼女の持つ姿に相応しい、本来の仕事を与えてやりたい。 メイドとしての仕事を、きっちり教え込んでやりたい。 茶汲みの一つもできなかった彼女に、徹底的に教え込んでやりたい。 ルイズがレイドバスターを召喚したようですッ おわりッ
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わたしはヴェルダンデを押し退けようとするがビクともしない 一陣の風が舞い上がり、ヴェルダンデをふきとばした 「誰だッ!」 ギーシュが激昂してわめいた 朝もやの中から、長身の貴族が現れた。あれはワルドさま 「貴様、ぼくのヴェルダンデになにをするだー!」 ギーシュは薔薇を掲げるが、ワルドさまも杖を抜きギーシュの造花を散らす 「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行することを命じられてね。 きみたちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、 一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってワケだ」 ワルドさまは、帽子を取ると一礼した 「納得できねえな」 プロシュート!? 「姫さんは誰にも話せないってんでルイズに言ったんだろ、どういう事だ?」 「それは、おそらく僕がルイズの婚約者だからだと思うんだ、姫殿下も 粋な計らいをしてくれる」 「ルイズそれは本当なのか?」 プロシュートが顔に汗を浮かべながら質問してきた 「ええ、ワルドさまは両親同士が決めた許婚よ」 「マジかよ・・・・・」 プロシュートが信じられないって感じで呟く まあ・・・『ゼロ』のわたしには勿体無いくらいの人だしね わたしが立ち上がると、ワルドさまは、わたしを抱えあげた 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 「お久しぶりでございます」 ワルドさまはとても嬉しそうだ。十年ぶりかしら・・・ 「相変わらず軽いなきみは!まるで羽のようだね!」 「・・・お恥ずかしいですわ」 「彼らを、紹介してくれたまえ」 ワルドさまは、わたしを降ろすと帽子を被り直し言った 「あ、あの・・・、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のプロシュートです」 わたしが交互に指差すと、ギーシュは深深と、プロシュートはつまらなそうに 頭を下げた 「きみがルイズの使い魔かい?人とはおもわなかったな」 ワルドさまはきさくな感じでプロシュートに近寄った 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「そりゃどうも」 プロシュートが素っ気無く答える ワルドさまが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた 「おいで、ルイズ」 ワルドさまはわたしの手を引くとグリフォンに跨り、わたしを抱きかかえた 「では諸君!出撃だ!」 頭の中に声が聞こえてきた お忍びっつってる側からデケぇ声で出撃だぁ?この野郎、ふざけてんのか? ワルドさまの軍人としての振る舞いにプロシュートは我慢出来ない様だ 確かにコレ、お忍びの重要任務よね・・・ ワルドさまに気をつける様に頼む? 笑い飛ばされるだろうか・・・ 気分を悪くするだろうか・・・ プロシュートに気にしすぎと言う?・・・ 無茶苦茶怒るわね・・・きっと どうする・・・どうする・・・どうする、ルイズ? よしっ、決めたわ! 聞かなかった事にしよう!
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前ページ次ページ重攻の使い魔 第9話『勝利の代償』 背後で徐々に騒ぎが広まっているのを尻目に、一行は桟橋目指して走り続けていた。宿の主人には申し訳ない、本当に申し訳ないのだが、元はといえば酒場で襲ってきた暴漢共が悪いのだ。とにかくそういうことにしておいてでも、今自分達は逃げなければならない。もしも捕まったり、殺されでもしたら元の木阿弥だ。 ワルドを戦闘とした一行は、建物に挟まれた階段をなだれ込むようにして駆け上がる。余り幅広とは言えない削り出しの階段を上りながら、ルイズはもしやライデンは通ることが出来ないのではないかと後ろを振り向いたが、かろうじて通行できているようだった。 延々と走り続け、ワルドとライデンを除く一行は完全に息が上がっていた。足ががくがくと振るえ、壁を支えにどうにか階段を上りきる。階段を抜けた先は広い丘の上であり、そこには天を突くかのような巨木が悠然と聳え立っていた。広大な範囲へ四方八方にわたって広げられた枝には、まるで木の実のように幾つもの船が係留されている。 「追っ手の姿は見えるか?」 「はぁっ、はぁっ、いえっ、今の所、それらしい、影は、見えないわ……」 待ち伏せと奇襲を受けた以上、敵は組織的に行動している可能性が高い。今は先刻の混乱で追撃がないだけかもしれないのだ。一刻たりとて気を緩めることはできない。 もう数百年も以前に枯れてしまった大樹をくりぬいて造られた内部は、遥か上方まで完全な吹き抜けとなっている。ワルドは目当ての階段を見つけると、急かすように手振りをする。とはいえ先程から足の筋肉を酷使しているルイズたちにすればもう走れない所まできていたが、そこではたとフライを使えばいいことに気がついた。焦るあまり基本的なことを失念していたのだ。そのフライが使えないルイズはライデンに抱えてもらおうとしたその時、ワルドが叫んだ。 「まずい、上だ!」 ルイズ達が声に釣られて、はっと見上げると20メイルほど上空に白い仮面を被った男が浮遊し、あろうことか詠唱に入っているのが見て取れた。男が黒塗りの杖を頭上に振り上げると、周囲の空気が急速に冷却されていく。仮面の男がどのような魔法を使おうとしているのか気付いたワルドは全員に警告する。 「全員逃げろ! 奴が使おうとしているのは……!」 「『ライトニング・クラウド』!」 ライデンが魔法の棍棒を仮面の男へ向け、迎撃しようとしたが、半瞬の差で間に合わなかった。何かを鞭で打ち付けるような鋭い音が聞こえたかと思うと、男の周囲から敵を噛み殺さんとばかりに稲妻の竜が伸びる。さしものライデンとしても光速の攻撃を回避することはできず、赤い鎧を纏った巨体は超高圧の電流に蹂躙される。 直撃を受けたライデンは全身を帯電させながら、地面へと膝を突いた。神の使途の如く、強大な力を振るっていた巨人が初めて敵の攻撃に屈した瞬間であった。 「ライデンっ!」 ルイズが思わず駆け寄るが、鋼の巨人はクリスタルをせわしなく点滅させ、一向に動き出す気配がなかった。そんな馬鹿な、この強力な使い魔が打ち倒されるなどと。この困難な任務において最後の頼みの綱であったライデンを失い、主人であるルイズもその場に崩れる。 「くっ、すばしっこいわねぇ!」 「敵はスクウェア・メイジ。私たちでは勝てないかもしれない」 キュルケやタバサ、ワルドらが魔法で応戦するが、攻撃が敵の体を捉えることはない。ひらりひらりと、寸での所で回避し続ける男は時折空気の塊を打ち据えてくる。ワルキューレを盾にすることで、どうにか凌いでいたが、一発が盾をすり抜けワルドたちに直撃した。 敵の攻撃で一瞬足並みが乱れた隙を、白仮面は目ざとく認識すると、ライデンの傍で呆然としているルイズの背後に降り立つ。 「ルイズっ!」 「……え? っきゃああぁぁぁっ!!」 抵抗する間もなくルイズは抱え上げられ、男は空中へと上昇する。 「おのれぇっ! 『エア・ハンマー』!」 ワルドは高速で詠唱を行い、三連続で圧縮された空気弾を男目掛けて放つ。ルイズを抱えたことで若干動きが鈍った男は、ワルドの渾身の攻撃を完全に回避しきることができなかった。空気塊の一つに足を取られ、体勢を崩すと思わずルイズを手放してしまう。拘束から開放されたものの、空中に投げ出されたルイズは地面へ向けて真っ逆さまに落下していく。 「ワルキューレ、ルイズを受け止めろ!」 薔薇を振りかぶり、一体のワルキューレに命令を出すと、ワルキューレは装備していた武装を放棄し、落下してくるルイズの元へ一目散に駆け寄る。跳躍しながら衝撃を吸収するようにルイズを受け止めると、即座にその場から退却する。 体勢が崩れたことで、今度は逆に隙を作ってしまった男はキュルケとタバサによる集中攻撃を受け、地面へ墜落することとなった。一瞬倒れ伏すものの、即座に起き上がり再び攻撃に移ろうとした所で、残り二体のワルキューレが突進してくる。練成する数を減らしたことで、個体の膂力・防御力・速度が飛躍的に向上したワルキューレは、とどめを刺すことこそできなかったが、連携攻撃により男を転倒させることに成功した。それでもなお立ち上がろうと身を起こした男の目に映ったのは、先程から詠唱を続けていたワルドの姿だった。周囲の気温が急激に下がっていく。そしてワルドは一切の躊躇いなしに己が使用できる最大級の魔法を放つ。 「『ライトニング・クラウド』!!」 先程仮面の男がライデンに膝をつかせた風系統最強の魔法は、相手のそれよりも更に太い雷撃であった。男が身動きするにも間に合うはずがなく、胴体の中心を打ち抜かれる。身を起こしかけていた男は全身を焦がしながら再度、地面に倒れ伏すこととなった。 「はぁっ、はぁっ、倒したか……?」 しばらく警戒していたが、男が再び動き出す気配は見られなかった。どうにか突然の襲撃者を倒すことができたが、こちらも相当に消耗してしまった。これから先、またも不測の事態が発生しないとも限らない。ここでの消耗は一行にとって痛手となった。しかも最大の攻撃担当であったライデンが機能不全に陥り、任務の成功率はがた落ちしたといっても過言ではなかった。 「まさか敵がスクウェア・メイジを投入してくるとはな……。間違いなく反乱軍の一員だろう」 ルイズは先程と同じように、やはりライデンの傍に座り込んでいた。表情からは感情が抜け落ち、完全に放心している。そんなルイズにワルドは苦々しい口調で話しかける。 「おそらく、昨日今日の戦いをどこかで眺めていたんだろうな。奴は真っ先に最大の脅威となる君の使い魔を潰しに来た。あの魔法で先手を打たれた時点で結果は決まっていたんだ。『ライトニング・クラウド』に耐えられる者などいはしない。残念だが、君の使い魔は……」 「……っ! 子爵、奴が!」 同じように苦しげな表情をしていたギーシュは、黒焦げとなって転がっている男の異変に気がついた。その場にいた全員が一斉に振り向くと、男は驚いたことによろめきながらも立ち上がっていたのだ。懐から小さな手の平に収まる程度の球を取り出すと、こちらに向けて放り投げる。ワルドたちがまずいと考えた瞬間、球は盛大に煙を吐き出し、周囲の視界は全く効かなくなる。敵の攻撃が来るかと身構えていたが、結局煙が晴れるまで何も起きなかった。そしていつの間にか、男は姿を消していたのである。 「馬鹿な……。奴は本当に人間なのか……?」 『カッタートルネード』とならんで風系統魔法の最高位に位置する『ライトニング・クラウド』の直撃を受けて尚も生きていられる人間が存在するなど信じがたい光景であった。あれだけ常識離れした能力を持っていたライデンですら一撃の下に倒してしまう魔法なのだ。姿を消した男が人間であるとは思えない。一同はまるで神か悪魔を見たような表情となる。 しかし、そんな中ルイズだけは相変わらず呆然自失となっていた。ワルドが見やると、左手の薬指にはめられた『水のルビー』を動かなくなったライデンに押し付けている。 「どうして、どうして直せないのよ……。これで直せなかったら、どうすればいいのよっ……」 必死でライデン修復を試みる婚約者の姿に、ワルドは悲しげな表情となる。一瞬躊躇ったあと、言いにくそうに話しかけた。 「……ルイズ、君はどうしたい? おそらく君の使い魔が元に戻ることはない、と思う。それに僕達はここに留まっているわけにはいかないんだ。動かない以上足手纏いにしかならない。残念だが置いていく他ないと思うが……」 「いや……いやよ……。ライデンはわたしの使い魔なんだもん……。初めての使い魔なんだもん……。置いていくなんてやだっ……、うっ、ううぅ……」 遂に泣き出してしまったルイズに、一同は掛ける言葉がなかった。 たとえ感情を持たない人形であっても、異質な力が少し怖くても、それでもライデンは自分にとって家族以外の初めての味方だった。自分が危ない時には真っ先に身を盾にして庇ってくれたのだ。確かにライデンに頼らないメイジになるとも決心したが、いなくなっても構わないということではない。徐々に点滅の感覚が長くなり、最後には完全に光を失ってしまったライデンの前で、ルイズは泣き崩れた。 その時、それまで黙っていたタバサが口を開いた。 「あなたがその使い魔を置いていきたくないと言うのなら、シルフィードに運ばせればいい」 青髪の少女はそう言うと、甲高く指笛を吹いた。すると吹き抜けになった上層部から主人と同じように青い鱗を持った竜が降下してきた。その口元には、どこに行ったか分からなくなっていた巨大モグラが咥えられていた。苦しげな鳴き声を上げ、じたばたと手足を動かしている。己の使い魔の無事を知ってギーシュは思わず抱きついた。 「ああっ、無事だったんだねヴェルダンデ! どこにいってしまったのかと心配していたんだよ!」 感激してヴェルダンデに頬ずりしているギーシュは放っておき、キュルケが流石に労わるように声を掛ける。 「ほら、ルイズ。タバサもこう言ってるし、ね。大丈夫よ、きっとライデンを直す方法が見付かるわ」 実際にはそんな保障はなかった。気休めだとしても、そう言う他になかったのだ。ワルドとキュルケ、タバサの三人でレビテーションを使い、どうにかライデンをシルフィードの背に載せると、一行は急いで船が係留してある桟橋へと向かう。未だ力の抜けているルイズはワルキューレに抱えられていた。 階段を駆け上った先の桟橋として機能している巨大な枝を走り抜けると、そこに停泊していた船へと飛び込む。突然集団で乗り込んできた闖入者に、それまで甲板で寝こけていた船員が飛び起きる。船員はワルドたちの格好を見て、顔から血の気を引かせた。 「君、船長を呼んでもらおうか」 「へへへへいっ! 船長、せんちょおー!」 船員は泡を食ったような勢いで船長室へと飛んでいった。しばらく待っていると、つばの広い帽子を被った初老の男性を連れて戻ってきた。船長らしい男性は、ワルドの格好を頭からつま先まで一通り眺めると、一応の敬意を払いながらも胡散臭そうな表情をした。 「して、なんの御用ですかな?」 「女王陛下直属のグリフォン隊隊長のジャン・ジャック・ワルド子爵だ。この船はアルビオンへの定期船なのだろう? 今すぐに出航してもらいたい。これは姫殿下直々の勅命だ。君達に拒否権は与えられていないことを伝えておこう」 突然無理難題を押し付けられた船長は、勅命だと言われたのも関わらず反論してしまう。 「ちょ、ちょっと、無茶を言わんで下さい! 今この船にはアルビオンへの最短距離分の風石しか積んでおらんのですよ! 風石の予約は一杯で、今から新たに風石を確保するなんて無理です!」 「もちろん、こちらとしてもそのことは認識している。僕は風のスクウェアだ。足りない風石の分は僕が補おう。料金は言い値を払う」 「はぁ……、まあそれなら」 その後、ワルドから積荷である硫黄の分も上乗せして料金を支払うとの言質を取り、思わぬ商談の成立に気分を良くした船長は、何事かと甲板に上がってきていた船員達へ矢継早に命令を出していく。気分よく眠っていたところを叩き起こされた船員達は、ぶつぶつと文句を零してはいたものの、船長の命令に逆らうこともなく、桟橋に括りつけられている舫い綱を解き放ち、横静索によじ登り帆を張った。 繋留が解かれた船は一瞬空中に沈んだかと思いきや、風石の力を如何なく発揮してアルビオンへ向けて出航した。到着予定は明日の昼過ぎであることを聞くと、ワルドは糸の切れた人形のように壁を背にして座り込んでいるルイズへ足を向ける。その傍には主人と同じように赤いゴーレムが力無く足を放り出して座らされていた。 「ルイズ……、任務の話なのだが……」 ワルドの言葉にもルイズは完全に無反応であった。仕方無しに三人固まって難しい顔をしていたギーシュを呼んで、今後の方策を練ることとする。あまり頼れる人物ではないが、出身がゲルマニアとガリアのキュルケとタバサに秘密任務を話す訳にはいかない。手招きに気付いたギーシュが小走りに近付いてくる。 「どうしました、子爵?」 「船長から聞いた話だが、ニューカッスル付近に陣を敷いた王軍は攻囲されて苦戦しているらしい」 「……ウェールズ皇太子は無事なのですか?」 「わからんよ。まだ存命ではいるらしいが……」 二人は同じように苦い表情となる。思っていた以上に戦局は厳しいものだった。本陣付近まで攻め込まれているとなると、最早一週間ともつまい。更に手紙の回収を行うには分厚い敵陣を突っ切る以外に手段はない。この任務にタバサの風竜を使うわけにはいかないのだ。非常に困難な局面となることが予想された。 「反乱軍としても一応は無関係のトリステイン貴族に公然と手出しする訳にはいくまい。ただ、間違いなく検問を設けているだろうな。そこは隙をついて突破する以外に手段はない」 ワルドの言葉にギーシュは緊張した表情を作る。トリステインの今後の命運を分けるこの任務、最大戦力であったライデンを失ってしまったのは余りにも痛かった。 様々な人間の意志が交錯する中、船はアルビオンへ向けて一直線に飛行する。 「空賊だ!」 夜が明け、下半分が真っ白な雲に覆われたアルビオンを視界に入れたところで、甲板に船員の切羽詰った叫び声が響く。緊急事態を表す鐘ががらんがらんと打ち鳴らされ、それまで眠っていた船長と船員達が慌てて飛び出してくる。 ワルドたちの乗る船の右舷上方に位置取る船は、所属する国家の端を掲げておらず、甲板から身を乗り出してこちらを眺める男達の格好は、どう見ても空賊以外にありえなかった。 「今すぐ逃げろ! 取り舵いっぱぁぁいっ!!」 船長は船を空賊船から遠ざけようと命令を下すが、時既に遅し。高度を落として並走し始めていた空賊船は定期船の進路を遮るかのように大砲を放った。 その後、マストに旗流信号を示す四色の旗が掲げられる。停船しなければ攻撃を行う。敵船の意思表示を受け、船長は一瞬悩む。今この船にはグリフォン隊の隊長と、数人のメイジが乗船している。助けを期待するかのような視線をワルドへ向けるが、ワルドはどうしようもないといった身振りをすると、溜息を付きながら告げた。 「魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだ。それに彼女達も相当魔力を消耗していてね。あの船に従うしかない」 これで破産だと頭を抱えて呟くと、観念したのか船長は停船命令を出す。 空賊船は完全に定期船へと横付けすると、鉤付のロープを渡して次々とこちらへ乗り込んできた。日焼けして粗野な雰囲気を隠そうともしない男達が拡声器を片手に命令する。 「てめぇら、抵抗すんじゃねぇぞ! もしも逆らってみろ、すぐさま首を切り飛ばしてやる!」 弓やフリントロック銃で武装した空賊は手馴れた様子で抵抗する船員を拘束していく。ギーシュやキュルケが思わず魔法を使おうとした時、目の前にすっと手を出されワルドに制止された。 「やめたまえ。いくら平民といえど、あれだけの数を相手に消耗した状態で戦うのは無謀だ。大砲がこちらを狙っていることも忘れてはいけない。……今はとにかく機を待つんだ」 突然ずかずかと歩き回り始めた空族たちに、甲板で大人しくしていたグリフォンやヴェルダンデら使い魔が喚き始めた。空賊の一人が仲間の一人に身振りをすると、その男は杖を取り出し短く呪文を唱える。すると使い魔たちの頭上に小ぶりな雲が現れ、次の瞬間には纏めて寝息を立て始めてしまった。 「眠りの雲……、メイジまでいるのか」 抵抗する人間がいなくなったところで、空賊の頭と思わしき男が乗り込んでくる。汗とグリース油で真っ黒に汚れたシャツの胸をはだけ、そこから覗いた胸板は逞しく、赤銅色に日焼けしていた。ぼさぼさに乱れた長髪は赤い布で適当に纏められ、口元は無精髭に覆われている。丁寧に左目は眼帯が巻かれ、まるで作り話に出てくるような男は乗り込むやいなや、船長を出すように命令する。 「ほう、てめぇが船長か。船の名前と積荷を答えろ。嘘をついたらいいことねぇぜ」 曲刀で頬をなぜられ、震える足を押さえながら何とか立っている船長は正直に白状する。積荷が硫黄であるということを聞くと、空族たちは割れんばかりの歓声を上げる。男は船長の帽子を取り上げると、躊躇いなく自分の頭に被せた。 「マリー・ガラント号、いい船だ。全部丸ごと俺達が買ってやる。料金はてめぇらの命だがな。異論はねぇだろう?」 がくりと船長が崩れ落ちるのを確認した所で、空賊の頭は座らせられている真紅のゴーレムに気付いた。値踏みするかのように下卑た笑を顔に貼り付けると、悠然とした足取りで近付いていく。 「ほほぅ。こいつは随分と変わったゴーレムだな。どこぞの悪趣味な貴族に売りつけたら結構な値段が付くかも知れねぇ」 そう言ってライデンに触ろうとした時、隣で座り込んでいたルイズが猛然と立ち上がった。 「わたしの使い魔に触るんじゃないわよっ! あんたらなんかね、ライデンが無事だったら、無事だったらっ……!」 頭は一瞬驚いたものの、少なくとも美少女といって差し支えないルイズの顔を見ると上機嫌になった。敵意を込めた視線を向けるルイズの顎を取ると、舌なめずりをした。 「へぇ、随分と別嬪な小娘だな……。お前、俺の嫁にしてやるぜ」 「触るなっ!」 鋭く頭の手を払うと、銃を向けられるのも構わずに血走った目で睨み付ける。 頭は面白そうに笑おうとして、はっとした表情になった。その視線はルイズの左薬指にはめられた指輪に集中している。しばらく考え込み、ふんと鼻を鳴らすと部下へ命令を下す。 「硫黄に加えて貴族様ときたか。おい! てめぇらこいつらも運び込め。あとでたんまりと身代金をふんだくれるぜ! それとそこのデカい人形も忘れるなよ!」 ライデンがメイジの手で空賊船に運び込まれるのを見て、またしてもルイズは抵抗する。空賊に拘束され、身動きが取れなくなっても、ルイズは喚き続けた。 一足先に船長室へと引き上げた頭の顔は、とても空賊とは思えない程に引き締まっていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 悠二が学院長室で互いの情報を交換している頃、ルイズは部屋で目を覚ました。 悠二がいなくなってしまったと思い込み、枕を濡らしているうちに眠ってしまっていたのだった。眠ったからなのか、ルイズは寝る前とは心機一転していた。 (使い魔がご主人様を置いていなくなるなんて、ありえないわ) ルイズは、昨日から今日にかけての悠二の発言を振り返ってみることにした。 (そういえば、使い魔のこと何も知らないわね) 今更ながら、自分が使い魔から何も聞いていないことを思い出した。 (まあそれは、あいつが帰ってきてから聞けば良いわよね) 自分が覚えている限りのことを思い出そうとするが、 (……あいつの話ちゃんと聞いておけばよかった) 悠二の話をあまり覚えていなかった。 (でも、ミスタ・コルベールのこと聞いていたわね) 朝食を食べているときに、悠二にコルベールについて聞かれていたことを思い出した。この時は気にも留めていなかったが、よくよく考えてきるとおかしかった。 (ミスタ・コルベールとは何も関係なかったはず。ということは、ミスタのところ!) ルイズは飛び起き、一直線に部屋の外に出ようとしてドアの前まで行き、すぐさま回れ右した。 (泣いたまま寝ちゃったし、ひどい顔になってるかも) そう思い鏡を覗いてみると、案の定目は腫れて、頬には涙のあともついていた。 (まずは、顔を洗わなきゃね) ルイズは顔を洗ってから、本塔と火の塔の間にあるコルベールの研究室である小屋に来ていた。 「ミスタ、いらっしゃいますか?」 何度かドアをノックして、呼びかけてみたが中からの反応はなかった。 失礼します、と言ってドアを開けると、立ち上ってきた異臭にルイズは顔をしかめ、鼻をつまんだ。 鼻をつまみながらも、小屋の中に入ってコルベールがいるか確かめようとしたが、それも即座に頓挫した。 「もう限界! この臭いには耐えられないわ! それに何回も呼んだのに返事がなかったし、いないのよね」 ルイズの悠二の手がかりは早くも無くなってしまった。 (そういえば、昼食抜きにしたからお腹空いてるはずよね) 今度は、厨房に向けて歩き出した。 厨房に来てみると、昼食の後片付けと夕食の下ごしらえのためにコックやメイドたちが忙しなく働いていた。 貴族の存在に気づいたのか、黒髪でそばかすがあるメイドが近寄ってきた。 「何か御用でしょうか?」 「私の使い魔ここに来てない?」 それを聞いたメイドは昼食の時に食堂の前で会った少年を思い出した。 「ミス・ヴァリエールの使い魔の方なら、ミスタ・コルベールに会いに図書館に行きましたよ」 「そう。もし、私の使い魔が来たら、私に教えに来てちょうだい」 ルイズはそう言い残し、図書館に向けて歩き出した。 結論から言うと、図書館にはコルベールも悠二もいなかった。この時は学院長室でまだ話をしていたのだが、ルイズには知る由もない。 この時、図書館に司書がいなく、生徒が一人いるだけだった。 (あれは、確かタバサよね? キュルケの友達の) ルイズよりも小柄な青髪の少女に話しかけた。 「あの、私の使い魔かミスタ・コルベール見なかった?」 タバサは読んでいた本から顔を上げ、ルイズの顔を一瞥し短く告げた。 「知らない」 タバサはそれだけ言うと再び本に顔を向け直した。 ルイズは再び自室に戻ってきていた。戻ってくる途中、キュルケに話しかけられたが思考の海の中を漂っていたルイズはキュルケに気づかなかった。 (図書館に向かってから消息が不明ね。これは迷宮入りかもしれないわ) そう結論付け、ルイズはうんうん唸りながらベッドに腰掛けていた。しばらくすると、ドアがノックされた。 「開いてるわよ」 「失礼します。ミス・ヴァリエール、使い魔の方が厨房にいらっしゃいました」 メイドの言葉を聞き、 (あんの使い魔ったら、ご主人様に心配かけるなんて……) クククと黒い笑みを浮かべて厨房に向かうルイズに、黒髪のメイドことシエスタは言い知れぬ恐怖に震えた。 悠二、オスマン、コルベールの三人は厨房に来ていた。 オスマンとコルベールが来たにもかかわらず、厨房で働いている人たちは挨拶もそこそこに、すぐに仕事に戻ってしまう。 学院長室からここに来る間に、二人から、ハルケギニアの身分階級を聞いていた悠二はこの態度に首をかしげた。 (この態度から、二人とも厨房によく来てるみたいだし、貴族とか平民とかの身分もあまり気にしないみたいだな) そして、悠二は思い出していた。こっちに召喚されてから、ルイズには同じ椅子に座ることさえ許されなかった。 そして、周りの人たちもそれを当たり前のように見ていたことを。 それを鑑みると、学院長室に入り盗み聞きを咎められなかったこと(普通は身分階級にかかわらず、盗み聞きをしてはいけない)や、 同じ椅子に座ったことなどが特殊なケースであることを自覚した。 そこに、四十過ぎくらいの丸々とした体の男性がオスマンとコルベールに笑顔で話しかけてきた。 話によると、その男性はコック長のマルトーと言い、二人とは中々に仲が良いようだった。 「それで、お二人さんの横にいるその少年は誰だい?」 マルトーが二人との冗談の言い合いも終わると、二人の横にいた悠二に訝しげな視線と共に問いかけた。 「彼は、ユージ君と言っての、この間の使い魔召喚の儀式で呼び出された少年じゃよ。今では、私らの友人じゃ」 「ああ、お前が噂の使い魔か! 貴族にこき使われて大変だろうが、俺らは味方だからな!」 悠二の首に腕を回し、ガハハと豪快に笑った。 「シエスタ! 三人に何か食べるものを持ってきてくれ!」 喧騒に包まれた厨房の中で、二人は悠二の話に耳を傾けていた。オスマンからの助言で、悠二は東方から来た平民と言うことでマルトーに紹介され、マルトーが仕事に戻ってからは地球での生活を話すことになった。 やはり、異世界の話というのは興味深いのか、二人とも熱心に聞いていた。 コルベールに至っては、そのまま近づいて悠二に熱い接吻をしてしまうのではないか、と誤解してしまうくらいに前のめりになって話を聞いていた。 「身分階級がなく、誰でも教育が受けられるというのは素晴らしいことじゃのう」 悠二が、まずは、と思い学校の話をすると、二人とも感慨深いからなのか、うんうん唸りながら頷いていた。そこへ、マルトーに食事の用意を言われたシエスタがおいしそうな料理を運んできた。 「たいしたものは出せませんが」 そうは言っていたが、見ているだけで涎が出てしまうくらいの料理が目の前に並んだ。並べ終わった後に、シエスタは悠二の耳元に口を寄せ、 「さきほど、ミス・ヴァリエールがユージさんをお探しになってましたよ」 囁いた。では、ミス・ヴァリエールをお呼びしてきますね、とぺこりと礼をしてからシエスタは厨房からいなくなった。 疑問に思う。ルイズは、あまり悠二自身に興味ないはずなのに、なぜ探しているのだろうか、と。 (どうせ、使い魔は側にいないとダメなのよ、とか言われて怒られるんだろうな) その予想はあながち間違いではなかったが、実際は惨劇が繰り広げられると思うほどルイズが怒っているとは、その時は思っていなかった。 内心で大きくため息をつき、目の前にある料理を頬張った。 「これ、すごくおいしいですね!」 悠二は召喚されてから初めてまともなものを食べ、感動のあまり大きな声で言っていた。 「私はこれを食べたいがために、こうして厨房まで足を運んでしまうんじゃ」 「マルトーさんが作る料理は絶品なんですよね」 オスマンもコルベールも、そう言って食べ続け、悠二はつかの間の幸せを貪った。 (あんの生意気な使い魔にどんな罰を与えてあげようかしら) 勝手にいなくならないように首輪でもつけようかしら、一週間縄で縛っておくのもいいかもしれないわね、などぶつぶつと言いながらルイズは厨房にやって来た。 ちなみに、ルイズの後ろをついてきていたシエスタは、厨房に着くまでルイズから発せられ続けた毒の強い言葉に顔面蒼白になりつつあった。 悠二は厨房の入り口からの不穏な気配を感じ取り、振り向いてみると青筋を立てながら笑顔を浮かべているルイズがいた。 この時悠二は、笑顔は肉食獣が獲物を前にしたときに浮かべる表情だと聞いたことを思い出していた。 (ははは、冗談には聞こえないな……) これから自分の身に降りかかる不幸を思い、それから逃れられぬことも知り、自身の境遇を呪った。 「おお、ミス・ヴァリエール! いいところに来ましたな!」 そういった彼の輝く頭頂部に、悠二は希望の光を見た。 「ミスタ・コルベールにオールド・オスマン! どうして厨房なんかで私の使い魔と!?」 「そう! そのことでルイズに大事な話があるんだ!」 ルイズからの怒りを逸らすために、ここぞとばかりに大きな声を出した。 幸いにもルイズは混乱しているようで、既に悠二に対する鬱憤は霧散していた。 (え? なによ、急に大事な話って。まさか、私がひどいことをしたとか言い出すんじゃないでしょうね。 そんなわけないわね。ということは、わわ、私の、み、魅力に……) ポカンとした表情を浮かべたと思ったら、急に頬を赤く染めてもじもじし始めたルイズに、悠二は訝しげな視線を向けたが、 ルイズは、いきなりそんなことを言われても、だとか、貴族である私が平民なんかとは、とか小声で独り言を言い続けていた。 「と、とりあえず今日の夜にヴェストリの広場で待っておりますぞ」 そう言い残し、コルベールは、メイドたちにいやらしい視線を送っているオスマンを引っぱり、去っていった。 残された悠二は、厨房にいる人たちに感謝の辞を述べ、いまだにくねくねしているルイズを連れ部屋に戻った。 部屋に戻る頃にはルイズも冷静になっていたが、そうなると次第に悠二に対する怒りがふつふつと沸きあがってきた。 (だ、大事な話とか言ってご主人様を騙すなんて! やっぱり一回しつけなおさないとダメかしら) しかし、とりあえず主人である自分がいかに寛大であるかを教えてあげよう、と思ったらしく、部屋に入るなり怒鳴り散らす、などということはせずに、ルイズなりに優雅に椅子に腰掛け、 「それで、大事な話って何かしら?」 やはり上目線で問いかけた。 「学院長とコルベール先生にはもう話したんだけど、実は、……僕はこことは違う魔法がない世界から来たんだ」 悠二がそう言うと、ルイズはまるで汚いものを見るかのような目で悠二を見下した。 「で、それをどうやって証明するわけ? そうじゃなくちゃ信じられないわ」 オスマンとコルベールをも納得させた道具──財布──を、(仰々しく、とまではいかないが)悠二がポケットから取り出す姿には、 ──これを見たら絶対に信じる──という自信が滲み出ていた。実際に悠二の自信はその通りで、ルイズも一応は信じたようだった。 「あんたが異世界から来たってのはわかったわ。で、それが大事な話ってわけ?」 「いや、ここからが本題なんだけど、簡単に言うと、僕は普通の人間じゃない。それで、元の世界を守るために戻らないといけない」 悠二は言ってしまった後に後悔した。 (うわ、この言い方だと自分を正義の味方だと思ってる頭の痛いやつみたいだな) 自分の今の発言を思い出し、あまりの酷さに笑いそうになったが、ここで笑ってしまうと場違いだし、ルイズに信じてもらえないだろうと思い必死に我慢した。 ルイズはそんな悠二を、養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で見ていた。 「あんたの大事な話ってそれ? 冗談を言うならもっと面白い冗談を言ってよね」 「冗談に聞こえたかもしれないけど、本当なんだ。それを今日の夜に証明するから」 ルイズはまだ悠二を軽蔑の視線で見下していた。その視線を感じながらも、 (ルイズに“この世の本当のこと”は教えたくないしな) 聞いたとき受けるであろう衝撃を考慮し、何も言わなかった。 その後、夕食を食べ(悠二は当然のように床で固いパンとスープのみ)、ほとんどの生徒の部屋から明かりが消えた頃、ルイズと悠二はヴェストリの広場にいた。 「ちょっと! 私、明日も授業あるんだから早くしてよね!」 「静かにして。他の人たちに気づかれたら困るから」 ルイズはつむじを曲げながらも、とりあえず静かになった。 魔法学院近くの森の中。 (こんな夜に、誰……?) 彼女は女性の甲高い声が聞こえ、目を覚ました。 数分後、オスマンとコルベールが暗闇に包まれたヴェストリの広場に現れた。 「待たせてしまったかの?」 「いえ、じゃあ始めますね」 悠二がそう言うと、オスマンは周囲にサイレントの魔法をかけ、コルベールは悠二にディテクトマジックをかける。 「これで音が外に漏れることはないから安心じゃ」 「探知魔法でも、やはり普通の人間のようですな」 こうして準備が整い、悠二が自在法の基礎でもある炎弾を見せる運びになった。 悠二は目を瞑り右手を胸の前に出す。 (僕の体を形作っている“存在の力”を統御する) 一度実戦で使用したことにより、明確に『戦うための力』として認識できるようになった、 (そして、炎のイメージで──) 己の力を、具現化する。銀色の炎が悠二の手のひらの上に浮かぶ。その大きさは、ちょうど手に収まるほど。 悠二は具現化と同時に目を開け、他の三人の様子を伺う。三人とも驚愕の表情を浮かべている。 「先住魔法のようだが、それとも違うようじゃな。色も普通の炎とは違うしの」 「ええ、先住魔法も詠唱無しでは使えませんからね」 オスマンとコルベールは悠二の手のひらの上に出ている炎について検証しているが、 ルイズは鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたまま、硬直してしまっていた。 闇の中に銀の炎が浮かんだ。 (──あれは、──?) 手のひらに炎を浮かべる少年を、彼女は目撃した。 手のひらにあった炎は、悠二の元を放れ、あらかじめ用意していた的──数本の木の枝──に向かう。 手のひらの炎は残滓も残さず飛んでいき、的を吹き飛ばした。 (よし。今までより確実にコントロール出来てる!) 力の繰り方にも満足し、三人へ振り返る。 「とまあ、こんな感じです。まだ基礎しか出来ませんが、他にも色々パターンはありますよ」 説明をちゃんとした二人は納得したようだったが、ちゃんとした説明をしてない一人──ルイズ──は腑に落ちないという顔をしていた。 「おぬしの判断次第じゃが、あまり公にはしないほうがいいのう」 その言葉に悠二は頷き、四人は各々帰った。 部屋に戻るとルイズが一気にまくし立ててきた。 「あんた、なんで先住魔法のようなもの使えるのに言わなかったのよ! それで、なんか他にできることはないの?」 ルイズにとっては、使い魔がなぜ力を使えるかではなく、使い魔として何が出来るか、自分の使い魔が有能なのかのほうが重要なようで、自在法についての質問は一切なかった。 「あとは、剣が使えるんだけど、今は持ってないから……」 実際には『吸血鬼』を栞にして持っていたが、あまり自分の手の内を見せたくない、それとハルケギニアでの武器が見たかったという理由で言わなかった。 (魔法がかかってる武器があるかもしれないし) すると、ルイズはわずかに考え込み、 「次の虚無の曜日に剣を買いに行くわよ」 宣言した。 深い闇の中。 彼女は先ほど目にした現象を思い出す。 ──銀の炎に映し出された黒髪の少年の姿を。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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前ページ次ページサイヤの使い魔 トリステイン魔法学院、朝。 コルベールは、次から次へと涌き出る疑問のせいで一睡もできぬまま朝を迎えた。 ミス・ヴァリエールの説明によると、彼女の使い魔は幽霊なのだそうだ。 しかし、一度死んだ人間が、使い魔になどなれるのだろうか? いや、それ以前の問題として、人間がメイジの使い魔になった話など聞いたことも無い。 それで、あの騒ぎの後からずっと図書室に篭り、過去に似たような事例は無かっただろうかと、文献をあれこれと調べていたのだ。 結果、それらしき事例は全く無し。 だが… 「ガンダールヴ!?」 …予想だにしなかったところから手がかりが現れた。 あの使い魔の左手に刻まれた見慣れない紋章。 それは紛れも無く、始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』の紋章に瓜二つだった。 ということは、まさか― 「あのお方は、あああのお方こそ『ガンダールヴ』の幽霊!!」 理屈は通らないが筋は通る。 失われた系統『虚無』の使い手であるブリミルの使い魔だったのだ、きっと死んだ後も幽霊となって別のメイジと契約できるような魔法があったのだろう。 ジャン・コルベール、42歳。 この新たな発見に年概も無くハッスルしていた。今なら女性の一人や二人、軽くナンパできそうな勢いである。 一刻も早くオールド・オスマンにこの事を伝えなければ。 浮力を発見した時のアルキメデスに勝るとも劣らない興奮で足をもつれさせながら、図書館のドアの前へ辿りつく。 と、コルベールは図書館の扉がしっかりと閉ざされているのに気付いた。 昨夜、閉館時刻を過ぎても一向に帰る気配の無いコルベールにあれこれ苦言を呈していた司書が最後には堪忍袋の緒を切れさせ、 抗議のつもりか、自分以外には開けられないよう扉に厳重な『ロック』の魔法をかけておいたのだ。 押してもダメ引いてもダメ、ダメ元で本来は校則により禁止されている『アンロック』の魔法をこっそりかけてもやっぱダメ。 ダメダメ尽くしで文字通り八方塞がりの状況にコルベールは凹んだ。 あの司書、けっこう好みのタイプだったのに…。 悩むべきはそこじゃない。 ところ変わってルイズの部屋。 悟空は空を舞う飛竜の鳴き声で目を覚ました。 かつて、息子の悟飯がハイヤードラゴンをペットにしていた頃も、こうやって朝は目覚し時計代わりになってくれたっけ。 そんなことをどこか懐かしく思い出しつつ、ベッドの上でくーすか寝ているルイズに目を向ける。 「起こせって言われたのはいいけど、どうやって起こすかな…」 とりあえず肩を揺する。 「ルイズ、起きろ。朝だぞ」 「…ん。う~……」 効果無し。 頬をぺちぺちと叩く。 これも駄目。 「…しょーがねーなー…」 少々荒っぽいが、これで行くか。 悟空はベッドの両端をぽんと叩いた。 反動でルイズの身体が40サントほど飛びあがる。 「にゃぶっ!?」 落下の衝撃で、ようやくルイズは目覚めた。 何が起こったのかわからぬまま、きょろきょろとあたりを身回し、ベッドの縁にしゃがんでこちらを見る悟空に気がついた。 「誰よあんた!」 まだ寝ぼけている。 「オッス、オラ悟空」 律儀に自己紹介。 「ああ…使い魔ね。昨日、召喚したんだっけ」 ルイズは起き上がると、あくびをした。そして悟空に命じる。 「服」 「脱がすのか?」 「着せるのよ」 「もう着てるじゃねえか」 ルイズは自分の身体を見下ろし、そして昨夜のやりとりを思い出した。 「…しまった」 着たまま寝たので皺になっている。このまま下着だけ履き替えて授業に出ることは可能だが、貴族たるもの、常に 身だしなみは整えておかねばなるまい。 だるそうに脱ぎ、それを悟空の方へ放る。 「んじゃこれ洗濯する分。あとあっちのクローゼットに下着と替えの服が入ってるから持ってきなさい」 しょっちゅう魔法の失敗で服がボロボロになるので、替えの制服は常に確保している。 悟空は言われた通りにクローゼットから下着や服を出した。昨日ルイズの記憶を読んだので、何処に何があるかは大体把握している。 「ほれ」 ルイズの方へ放る。 ルイズは下着は自分で着けたが、制服は着ない。 「着せなさい」 「使い魔ってのはそういうのもするんか」 「そうよ」 この世界における一般常識がルイズから得た知識しかない悟空、素直に納得。 特に文句も言わず、妙に手馴れた手つきでルイズに服を着せる悟空にルイズが口を開く。 「やけに素直ね」 「考えたんだけどよ、この星にも強えヤツはいるんだろ?」 「いるわよ」 「そんでもって、おめえの家って結構有名なんだろ?」 「まあね」 まあね、どころではない。 ルイズの実家はかの名門ヴァリエール家である。 「それがどうだっていうのよ」 「だったらよ、おめえと一緒にいればそのうち強えヤツと戦えるんじゃねえかと思ってさ」 「あんた幽霊でしょ」 「確かに死んでっけどよ、あの世でも修行できるようにって、特別に肉体つけてもらったんだ」 「な……」 ルイズは眩暈を覚えたが、その説明にふと思い当たる節があった。 いつだったか図書館で読んだ、戦死した勇士を向かい入れる天上の宮殿と、そこで飽くなき戦いを続ける戦士達の話。 今目の前にいる男はまるでそれに登場する戦士だ。 だったら死んでも肉体があることの説明がつく。 だとしたら、もしやこいつはただの平民ではなく… 「ほれ、終わったぞ」 ルイズに服を着せ終えた悟空が立ち上がり、脱ぎ捨てられた服を拾い集める。 と、悟空の腹から竜の唸り声のような音が漏れた。 「なに今の音!?」 「オラ、ハラ減った…」 力の抜けた声で悟空が訴える。本当は死人なので食事は採ろうが採るまいがあまり関係ないのだが、死んで日が浅い悟空の身体は、 生前の生理機能を色濃く残していた。 あの世でも珍しい、ハングリーな死人である。 あんたお腹減るの? とルイズは思わず声に出しかけたが、肉体があるのだからそんなこともあるのかもしれない、と思い直し、 それ以上は追求しなかった。 「朝食の時間はまだ先よ。それまでにそいつを洗濯して、私が顔を洗う水を汲んで来なさい」 「どうすっかな…」 ルイズの部屋を出てしばらく歩きまわった悟空は、道に迷っていた。 学院の何処に行けば洗濯場があるかは知っていたが、何処をどう通ったらそこに辿り着けるかが判らない。 自分では洗濯などしたことも無く、悟空が来るまでは各部屋を巡回するメイドに任せていたルイズの知識だけでは、 部屋から洗濯場までの直通ルートが入ってこなかったのだ。 とりあえず屋外にある事は判っているので、何とか校舎の出口を探そうと探索する。 途中、食堂の前を通りがかった悟空は、中から漂う美味しそうな匂いに惹かれてフラフラと迷い込んでいった。 「すんませーん」 厨房で生徒に出す朝食の準備をしていたシエスタは、聞き慣れない声を聞きふと顔を上げた。 見覚えの無い服を着た平民が、制服を抱えて食堂内を歩き回っている。 「どうなさいました?」 厨房から出て声をかけると、平民の頭に白い輪が浮いているのに気付いた。 確かミス・ヴァリエールが、天使を召喚したって噂になったっけ。 よく見ると、確かに左手の甲にルーンが刻まれている。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったって言う…」 「オラの事知ってんのか?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で天使を呼んでしまったって。噂になってますわ」 悟空の屈託の無さに、思わずシエスタはにっこりと笑った。 天使のはずなのに、まるで平民と変わらない人懐っこさだ。それにこの人はどことなく、懐かしい感じがする。 「おめえも魔法使い…じゃねえな。おめえがシエスタってヤツか」 「私をご存知なのですか?」 「ルイズに教えてもらったんだ」 記憶を読むのは、悟空にとって教えてもらうと言う事らしい。 「そうなのですか…。あの、もし宜しければお名前を教えていただけますか?」 「オラ悟空。孫悟空だ」 「変わったお名前ですね」 その時、悟空のお腹が鳴った。 「お腹が空いてるんですね」 「ああ。あとこいつを洗濯しねえといけねえんだ」 といって、両腕に抱えたルイズの制服をひょいと持ち上げる。 「それはミス・ヴァリエールの?」 「何でも、主人の服を洗濯するのも使い魔の仕事なんだってよ」 それを聞いたシエスタはくすくすと上品に笑った。 「そんなわけないじゃありませんか」 「違うのか?」 「だって、普通は私達平民が貴族の方々をお世話するんです。洗濯だって私達の仕事のうちなんですよ」 「へえ」 「きっと、貴方みたいな人が使い魔になったので、やらせてみようと思ったのでしょうね」 あながち間違ってもいないシエスタ。 「宜しければ、私が後で洗濯しておきましょうか? いつもやっている事ですし。それと、もう少しお待ち頂ければお食事も ご用意できますが」 「ホントか? サンキュー!」 「貴族の方々にお出しする料理の余りもので作る賄い食ですが、それで良ければ」 「オラ食えるもんなら何だっていいぞ!」 「では、こちらにいらして下さい」 シエスタは歩き出した。 洗濯物を抱えたまま、シエスタについて行く悟空。 文字通り美味しい話を前にして、ルイズが言った2つめの命令「顔を洗う水を汲んで来なさい」をあっさり忘れている。 さすがだ。 「遅い」 悟空が外を出てからどのくらい経っただろう。 あまりにも遅い帰りにイラついていたルイズは、使い魔に洗濯場への道筋など教えていない事をこれっぽっちも自覚していなかった。 「まったく、朝食の時間になっちゃうじゃない!」 あとでお仕置きしてやる。 そう心に誓い、ルイズは自室のドアを開けた。 部屋を出た瞬間、時を同じくして部屋を出たキュルケにばったり遭遇する。 「あら」 「げ」 二人の声がハモる。 キュルケはルイズを見ると、胡散臭そうに顔を歪めた。 「…おはよう、ルイズ」 ルイズも顔をしかめ、嫌そうに挨拶を返す。 「…おはよう、キュルケ」 「あの使い魔は?」 「…えっと」 ルイズは言葉に詰まった。 まさか「服の洗濯を命じたけど、帰って来ない」という訳にもいかない。 そんな事を言ったら「なあに、貴女早速使い魔に逃げられたの~?」と馬鹿にされるに決まってる。 「何?」 「…校舎の散策を命じたわ。そのうち帰って来るわよ」 「ふーん…。…ねえ、あいつ何だと思う?」 「何って?」 「平民かと思ったら天使だし、天使かと思ったら幽霊だし、だいいち幽霊って頭に輪っか付いてたっけ?」 「知らないわよ」 キュルケが知っているのは、夜毎鎖やら何やらをジャラジャラと鳴らして徘徊する賑やかな奴だけだ。 「第一、平民なのあれ?」 「だから知らないって」 「少なくとも貴族には見えないわよねえ」 「独り言なら一人の時に言いなさいよ」 「それにしても『サモン・サーヴァント』で平民の幽霊喚んじゃうなんて、貴女らしいわねえ。流石はゼロのルイズ」 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」 流石というか、もういつもの調子を取り戻している。 「あっそ」 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、彼女ご自慢のサラマンダーが姿を表す。 大きさは、トラほどもあるだろうか。尻尾が燃え盛る炎で出来ていた。口元からは時おりチロチロと火炎がほとばしる。 どこぞの金持ちのボンボンが名前だけ借りて造った98式AVのパチモンとは大違いだ。 「見てこの尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違い無く火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。 好事家に見せたら値段なんかつかないわよ? ってあれぇ!?」 いつの間にか、ルイズの姿が無い。 キュルケがフレイムを自慢している間に、ひとりでさっさと食堂に行ってしまったのだった。 「あ…あたしを無視するなんてイイ度胸だわ、ゼロのルイズ…!」 微熱が憤怒の炎へと変わる。生きる事への憤怒だ。 覚えてなさい、と吐き捨てて、キュルケも食堂に向かう。 朝食を食べている間、ルイズはずっと不機嫌だった。 足元には使い魔に利用させる予定だった皿が置いてある。 本来、使い魔が食堂で生徒に混じって食事を採る事など有り得ないのだが、別に校則で禁じられている訳でもないので、 ルイズは自分に使い魔が出来たら是非やってみようと思っていたのだ。 それがどうだろう。 いざ呼び出してみれば、現れたのは何処の馬の骨ともつかぬ平民。 おまけに何の冗談か、生身の幽霊ときたもんだ。 それだけならいざ知らず、肝心の朝食の時間に自分の傍にいやしない。 負のオーラを漂わせながら、ルイズは食事と怒りを噛み締めていた。 一方そのころ、厨房では。 「うんめー! オラこんなうめぇシチュー食ったの初めてだ!!」 悟空が超ハイペースで、巨大な寸胴鍋になみなみと用意された賄い食を胃袋に収めていく。 厨房で働いている人員全員分の賄いを用意してから食事が始まったのは不幸中の幸いだった。 そうでなければ、彼らの分もあっという間に悟空が食い尽くしていた事だろう。 まるで胃袋にオークを2、3匹飼っているのではないかと錯覚させる食いっ振りに唖然とする厨房の面々。 そんな中、幸せそうな顔で次々と悟空におかわりを注ぐシエスタ。 その後ろで、こちらも惚れ惚れと悟空を見つめる当厨房のコック長、マルトー。 「おう、どんどん食え! いやあそれにしても見事な食いっ振りだ! 正直今日はちと多めに作り過ぎたくらいだったんだが、あんたがいて助かったぜ!」 この人は悟空がいなかったら余った賄い食をどうするつもりだったのか。 ニコニコと心からの笑顔を浮かべながらシエスタも同調する。 「私、こんなに幸せそうにご飯食べる人初めて見ました」 「全く貴族のアホウ共は素材からほんのちょっぴりずつしか取れない高級な部分しか食いたがらねえから、毎度毎度 処分しなきゃなんねえ食材が多くてウンザリしてたんだ!」 賄いで少しでも無駄が出ないよう残った材料を最大限に生かした料理を作っているのだが、それでも大部分の食材は捨てなければならない。 これを作るのにいったいどれだけの平民が汗水たらして頑張っているのかと、マルトーは憤懣やるかたない思いだったのだ。 「ちょ、ちょっとそれじゃまるでゴクウさんが生ゴミ処理してるみたいじゃないですか!」 「オラ別に気にしてねえぞ」 そんな事を言っている間に、とうとう大鍋が空になった。 「おかわり!」 シエスタの笑顔がひきつる。 今、何と言った? 今、何杯目だ? 今、この厨房にシチュー残ってたっけ? ゆっくりと背後のマルトーを振り返り見る。 冷や汗を顔に貼りつけ、真面目な顔でぶんぶんと首を横に振るコック長。 「あ、あの…もう今ので全部です……」 「あ、そう?」 続く言葉に、 「ま、いいか。腹八分目っていうしな」 悟空を除く厨房の全員がズッこけた。 しかし、 (よ、余裕じゃねえか……。よぉし見てろ、昼飯の時は余った食材をひとつ残らず使って食い切れないくらい用意してやるぜ!!) マルトーの料理人魂に、火が点いた。 「あんた、洗濯はどうしたのよー!!」 朝食の後、食堂で悟空と再会したルイズは開口一番詰問した。 悟空の手には何も無い。 厨房でシエスタにルイズの服を預けてきたのだ。 「シエスタって奴がよ、洗濯やってくれるっつうから預けてきた」 「わたしは、あんたにやれと命令したのよ!」 「そりゃそうだけどよ…悪かったな、次からちゃんとオラが自分でやっからよ」 「やる」と言った以上、やらなきゃいけない気がした。 後に、ルイズはそれを後悔する事になる。 前ページ次ページサイヤの使い魔
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「・・・それじゃあ開けるわよ・・・」 揺らめく炎が微かに照らす岩壁に、少女の声が反響する。誰も近寄らない魔物の 巣窟、その深奥に安置された古びたチェストに手を掛けて、キュルケは真剣な 眼でルイズ達を見た。少し汚れた顔を皆一様に頷かせたことを確認して、 ゆっくりと蓋を開く。 キュルケの地図によれば、犬にされた王女の呪いを解除したとも、王に化けた トロールの魔法を見破ったとも伝わる「真実の鏡」がこの洞窟に隠されていると いう話だった。もし本当ならば世紀の大発見である。期待と不安の眼差しの中、 箱の中から姿を現したのは―― 「なッ・・・!」 粉々に割れた鏡の残骸だった。 「何よそれぇ~~~・・・」 糸が切れた人形のように、キュルケ達はへなへなとへたり込んだ。 「み、見事に割れちゃってますね・・・」 「・・・真贋以前の問題」 脱力するシエスタの横で、流石のタバサも疲労の溜息をついた。 「・・・戻るか」 頭を掻きながら呟くギアッチョに異を唱える者はいなかった。 その夜。 「はぁ~~~~~~・・・・・・」 適当に見繕った洞穴に腰を下ろして、ギーシュは深く息を吐き出した。 「七戦全敗とはね・・・」 焚き火に手を当てながら首を振る。 そう。現在消化した地図は八枚中七枚、そしてその全てが到底お宝等とは 呼べないガラクタのありかであった。 炎の黄金で作られた首飾りが隠されているはずの寺院にあったのは、真鍮で 出来た壊れかけのネックレス。小人が遺跡に隠したという財宝は、たった六枚の 銅貨だった。それでも何かが出てくるならばまだいい、中には地図に描かれた 場所自体が存在しないことすらあった。 「ま、いい経験が出来てよかったじゃあねーか」 ギアッチョが戦利品の欠けた耳飾りを眺めながら言う。彼の言ういい経験とは、 無論実戦経験のことである。この数日間否応無く化物の群れと戦い続け、 ルイズ達は最後にはギアッチョの助けが無くともそれらを殲滅出来る程に なっていた。 「おかげさまでね・・・」 「懐が暖まらないのは残念だけどね」 そう言いながらも、不思議とキュルケに悔しさは無い。そして、それは皆同感の ようだった。 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ルイズは静かに言う。 「でも・・・楽しかった」 「・・・そうだね」 その言葉に、皆の顔から笑みがこぼれる。傍から見れば何の得も無い、くたびれ 儲けのつまらない旅行だろう。しかし――損だとか得だとか、そんなことは彼女達 にはどうだっていいことだった。 眼に見えるものは何も無い、手に取れるものは何も無い。だが彼女達が手に入れた ものは、だからこそその胸の中で強く輝いている。 「・・・これ・・・」 ルイズは手のひらに慎ましく乗っている六枚の銅貨に眼を落とす。それは今回の 数少ない戦利品の一つだった。とは言え、とりたてて古銭というわけでもない 上どれも皆錆び放題に錆び、あちこちが傷つき欠けている。とりあえず持ち 帰ったはものの、どう考えても買い取り不可であろうこれをどうしたものか、 皆の頭を悩ませている一品であった。 「・・・・・・これ、皆で一枚ずつ持たない?」 しばし考えた後、ルイズはおずおずとそう言った。 「・・・分配?」 意味を量りかねて、タバサは小首をかしげる。 「ううん、そうじゃなくて・・・」 「こういうことだろう?」 そう言ったのはギーシュだった。ルイズの手から銅貨を一枚取り上げると、 錬金で中央に小さく穴を開ける。ガラクタの中からネックレスを取り出し、 穴に通して首にかけた。 「う、うん・・・」 ズレてはいるが殊更外見を気にするギーシュが躊躇い無く銅貨を見につけた ことに、ルイズは聊か驚きながら首を頷かせる。 「・・・解った」 得心した表情で立ち上がると、タバサもまたルイズの掌から銅貨を一つ掴む。 後に続いてキュルケが二枚をその手に取った。 「ほら、シエスタ」 「へっ?」 焚き火に鍋をかけていたシエスタは、キュルケに差し出された銅貨に眼を丸く する。一拍置いて、ブンブンと手を振ると慌てた口調で言葉を継いだ。 「そそ、そんないけません!折角の宝物を私のような平民に――きゃっ!」 キュルケはシエスタの額を中指で軽く弾いて言う。 「全く、まだそんなことを言ってるの?平民だとか貴族だとか言う前に、 私達は友達じゃない 大体、貴族と平民に違いなんて何も無いことは貴女が 一番よく知ってるでしょう?」 「・・・そ、それは・・・」 「ん?」 シエスタの瞳を覗き込んで、キュルケは優しく微笑む。シエスタは少しの間 銅貨を見つめて逡巡していたが、やがてキュルケと眼を合わせて口を開いた。 「・・・私でも――いいんでしょうか」 「よくない理由が無いわよ」 きっぱりと、キュルケは断言する。シエスタは少しはにかんだ笑みを浮かべて、 静かに銅貨を受け取った。 「ありがとうございます・・・ミス・ツェルプストー」 「き、君達いつの間にそんな関係にッ!?」 「どんな関係も無いから鼻血を拭きなさい」 何やら興奮した面持ちのギーシュを適当にあしらうと、キュルケはルイズに 視線を移して、 「ほら、まだ残ってるでしょうルイズ」 「・・・うん」 意味するところを察したらしいルイズは、掌に残った銅貨を一枚取り上げて、 ゆっくりとギアッチョに差し出した。 「受け取って、くれる・・・?」 「――・・・・・・」 ギアッチョは答えずに錆びてひしゃげた銅貨を見つめる。 これは児戯だ。心に風が吹けば飛び、薄れ、消えてしまう記憶を、それでも 留めておきたい子供の。 ――それでも。彼女達にとっては、この銅貨は紛れも無い宝物になるだろう。 ギアッチョは口を閉ざす。黙ったまま――その眼差しに万感を込めるルイズから、 銅貨を受け取った。 「ギアッチョ・・・」 ルイズの、キュルケ達の顔が綻んだ。どうにも居心地が悪くなって、 ギアッチョは銅貨に眼を戻す。薄くて軽いそれが、少しだけ重さを増した ように感じた。 「さ、皆さん お食事が出来ましたよ」 やがて完成したらしいシチューを、シエスタは鍋からよそってめいめいに配る。 食前の唱和もそこそこに、動き疲れたルイズ達は少々はしたなく食器に手を 伸ばした。 「・・・おいしい」 食べ慣れないが実に美味しいシエスタの料理に、ルイズ達は揃って舌鼓を打つ。 兎肉や種々のキノコにルイズ達が見たことも無いような山菜が入ったそれは、 聞けばシエスタの村の――正確には彼女の曽祖父の、郷土料理なのだと言う。 それから、話題はそれぞれの郷土のことに移った。少し酒の入ったギーシュは 饒舌にグラモン家の領土を語り、それを皮切りに皆わいわいと言葉を交わし 始める。ギアッチョも酒を傾けながら時折話に混ざっていたが、それを見て タバサがふと思い出したように呟いた。 「・・・貴方は?」 「あ?オレか?」 「そういえば、ギアッチョの話は聞いたけどそっちの世界の話は聞いて ないわね 良ければ聞かせて欲しいわ」 「・・・そうだな」 キュルケの言葉に、空になった杯を弄びながら答える。 「前にも言ったが、最も大きな違いは魔法なんてもんが存在しねーことだ」 「君のようなスタンド能力はあるのにかい?」 「こいつは例外中の例外だ スタンドを知ってる人間なんざ、さて世界に 何人いるかっつーところだな ・・・ま、そう考えるとよォォ~~~、 魔法使いがひっそり存在してるって可能性も否定は出来ねーが ともかく 殆ど全ての人間が魔法なんて知らねーし信じちゃあいねー そういう世界だ」 ギアッチョの説明に、キュルケ達は一様に不思議な表情を浮かべる。 「何度聞いても想像出来ないな・・・ ということはマジックアイテムも 無いんだろう?不便じゃないかね?」 「不便ってのは便利さを知って初めて出る言葉だと思うが・・・ま、別に んなこたぁねー 魔法の代わりに、地球の文明は科学によって発展してきた」 「・・・科学」 「あの教師――コルベールか?いつだったか、授業で簡単な内燃機関を 披露してたがよォーー、例えばあれを応用すると馬車より速い乗り物を 作れる 国にもよるが、大半の人間はそいつを足に使ってるな」 「えーっと・・・?」 案の定と言うべきか、今の説明を完璧に理解出来た者は居ないようだった。 眼鏡をかけ直す仕草の間に、ギアッチョは解りやすい例えを捻り出す。 「・・・簡単に言うとだ」 軽く居住まいを正すと、片手で天井を指しながら、 「あの飛行船・・・あれを動かしてる動力があるだろ」 「風石」 間を置かず補足するタバサに頷いて続ける。 「そいつを人工で作り出したみてーなもんだ」 おおっ、と全員が驚いた顔になる。 「凄いじゃない!魔法も使わずにそこまでのことが出来るなんて!」 得心がいって俄然興味が沸いたのか、キュルケが少し身を乗り出して言った。 いかにも非魔法的技術に特化したゲルマニアの貴族らしい反応である。 「あら・・・?ということは、コルベール先生は雛形とは言えそれを 一人で作り上げたということ?」 「そういうことだろうな」 油と薬品の臭気が漂う研究室で独り研究に明け暮れる奇矯な教師、という 学院一般の評判を思い出してギアッチョは答えた。「そう・・・」呟くように 言うと、キュルケは少し複雑そうな表情を見せる。 「それじゃ、他にはどんなものがあるの?」 続けて問い掛けるルイズに、ギアッチョは面倒というよりは怪訝な視線を 向けた。 「おめーにゃあ何度も話してるじゃあねーか」 「そうだけど、もっと詳しく聞きたいんだもの それに、皆は初めて聞く ことでしょ」 「ギアッチョさん、私ももっと聞きたいです」 ルイズとシエスタの言葉に、ギーシュが頷きで賛同の意を示す。ギアッチョは ガシガシと頭を掻いて、一つ溜息をついた。 「・・・ま、別にかまわねーが」 とは言え、乱暴な言い方をするならば殆ど何もかもが違うような世界である。 はて何から喋ったものかとギアッチョは一人思案した。 先端科学の話でもするかと考えたが、観測者の存在が観測結果に影響を与える 等と言ったところで理解は難しいだろう。考えた末に比較の可能な乗り物から 話すことにすると、ギアッチョは手近な小石で地面に絵を描き始めた。 「飛行機っつー代物があってな・・・」
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背後から飛来した氷槍は、一発の無駄もなく、ルイズを縛る触手を断ち切った。 次第に晴れる爆煙のなかを、タバサが駆け寄ってきた。 「タバサ、ナイス!!」 細かいことを任せれば、天下一品のタバサに、キュルケは感謝した。 タバサはそれに答えることなく言った。 「今のうち。早く逃げる」 上空から、タバサの使い魔である風竜のシルフィードが舞い降りてきた。その背中には、意識を失ったコルベールを乗せている。 シルフィードで空へ逃げるということか。 キュルケは地面に倒れ伏すルイズに駆けより、その傷だらけの体をソッと抱き上げた。 しこたま吸血されたせいか、ルイズの体は羽根のように軽かった。 (……かっこ…つけて……) 泣いてる暇はない。 ルイズを抱えたキュルケは、シルフィードの元へ駆け寄った。 タバサはすでにシルフィードに乗って、2人を待っていた。 「お待たせ!!」 颯爽とシルフィードの背に跨ったキュルケを見やると、タバサはシルフィードを空へと飛翔させた。 シルフィードが一声きゅる、と鳴いた。 ひとまずは大丈夫だ……。 騎上で2人は今度の今度こそ肩の力を抜いた。 ………。 2人は下を覗いて、あの得体の知れない、ルイズの使い魔の様子を見た。 タバサに断ち切られた触手は既に八割方回復していた。 一体どこまで化け物じみているのか。 そして次に、肉から伸びる触手が、お互いに複雑に絡みついてき、やがて一つの塊を為した。 人類の原始を連想させるような、おぞましい肉塊は、次第に次第にその形を安定させていき、ついには1人の男の人影となった。 下半身は衣服を身につけていたが、上半身はものの見事に裸だった。 太陽光を受け、まるでそれ自体が輝きを放っているかのようなブロンドの髪。 古代オリエントの彫刻を思わせる、艶めかしいが躍動感の溢れる、均整のとれた肉体。 男のくせに、そいつはまるで女のような、怪しい色気を放っていた。 片膝をつき、地に目を落としている。 よく目を凝らしてみないと分からなかったが、その肉体の首の背中の付け根には、星形のようなアザがあった。 広場に現れた場違いなまでの美男子の姿に、2人は釘付けになった。 あまりにも夢中になっていたので、その腕を1人の少女がすり抜けていることに、キュルケは気づくのが遅れた。 「へ……? あっ……!?」 時すでに遅く、いつの間にか意識を取り戻していたルイズが、シルフィードから転げ落ちるように男めがけて落下をしていった。 12へ
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前ページ次ページ鋼の使い魔 アンリエッタが訪れた夜が明けて、早朝。 朝の澄んだ空気の中に旅支度をしたルイズとギュスターヴが、厩番に駅逓乗り換えが効く馬をもらい、学院正門前で馬具を着けていた。 ルイズは普段の制服だが、スカートの下にブラウンのスパッツを着け乗馬用のブーツを履いている。踵に生えた角のような棒拍が朝露に濡れている。 一方ギュスターヴは普段のデルフと短剣に、以前武器屋でデルフにおまけとしてつけさせたナイフ6本を革紐で連ねて体に巻きつけるように着けている。 馬具の具合を確かめながらルイズは言った。 「いい?ギュスターヴ。私達はアンリエッタ殿下からある任務を賜ったわ。その為にまず、国を出てアルビオンに行くのよ」 しんとする朝の空気にルイズの声が響く。そこには使命感に燃える瞳があった。 「なんで俺まで付いていかなきゃならんかな」 他方、秘密主義的に振舞う一応の主人に対し、手の内を知っているギュスターヴは少し冷めた気分で抵抗してみる。 「何言ってるのよ!あんたは私の使い魔でしょ!ご主人様が出かけるなら付いていくのが基本でしょうが!」 指を伸ばしギュスターヴに突きつけるルイズ。彼女の頭が今は任務の事で頭が一杯なのだ、というのがわかる。 ギュスターヴは小さくため息をつく。 「…で、まずは何処まで行くんだ?」 「ここから大体北西に400リーグくらいにあるラ・ロシェールという町に行くわ。そこからアルビオンへの定期船が出ているの」 「しかし馬では次の『スヴェルの日』までに町に着けるか微妙だな」 「誰だ?!」 不意に聞こえてきたのはこの場の二人以外の、若い男の声だ。 警戒しデルフに手をかけるギュスターヴだが、声の主は上空から屈強なグリフィンに乗って降りてきた。馬が慄くなか、グリフィンは行儀よく地面に着地する。 「いや、驚かせてしまって失礼。僕は君達を護衛する為にアンリエッタ殿下に依頼された、魔法衛士大隊のワルドだ。よろしく」 ワルドと名乗った男はグリフィンの背から颯爽と降りると、呆然としていたルイズに近寄り、その腕ですっと胸に抱き上げた。 「久しぶりだ、僕の小さなルイズ!」 「わっワルド様?!」 突然の抱擁にルイズは顔を真っ赤にして固まった。 「陛下のご依頼に感謝しなければならないな。婚約者と再会できる機会を与えてくれたのだから」 「そ、そんな…昔の話ですわ」 目を伏せ気味に答えるルイズにワルドは大仰に答えた。 「そんなことを言ってくれるなよルイズ!暫く会えなかったが、僕は君の事を片時も忘れた事はなかった」 あまりに熱っぽい言葉にルイズはますます頬を染めてしまう。 ワルドはそんなルイズをそっと地面におろし、二人のやり取りをぼんやりと見ていたギュスターヴに話しかけてきた。 「君がルイズの使い魔だそうだね。いつもルイズを守ってくれて礼を言うよ」 「……ああ…なんてことはない」 気さくに話しかけてきたワルドに、ギュスターヴは巧く受け答えしきれない。 ワルドはそんなギュスターヴを無視してルイズに聞かせる。 「殿下から預かりものがある。任務を進めるために必要なものだそうだ。もっているといい」 ワルドは懐を探って何かを手に取ると、ルイズの両手を取って握らせた。それはうっすらと桜色をした便箋に、古めかしい様式で装飾された 薄蒼の石の填められた指輪だった。便箋の方には、赤い蝋に王女の紋章の印で封がされている。 「では、時間も惜しいので出発しよう。使い魔君は早馬を飛ばしたまえ。僕が上空で先行するから見失わないように」 言うとワルドはやおらルイズを抱き上げてグリフィンに乗せると、手綱を引いてグリフィンを空へと導いた。 あまりの手際に声も上げなかったルイズだが、立ち呆けているギュスターヴに急いで声をかける。 「あ、あ、ギュスターヴ!遅れないようについてきなさいよ~!」 ギュスターヴの耳にルイズの声が空へと遠くなっていく。 つむじ風のように引っ掻き回していったワルドに唖然とするしかないギュスターヴの腰で、デルフがかちゃかちゃ言い出した。 「なんだかすっげーなあの男。おまけにお嬢ちゃんの婚約者だとさ」 「……まぁ、貴族の娘ならそんなのもあるだろうさ。…さて、見えなくなる前に出発するぞ」 馬が余ってしまうのだが、仕方が無いと一頭を門に繋いだまま、ギュスターヴは急いで馬を走らせ、上空のグリフィンの進行方向へ進んでいくのだった。 『ラ・ロシェールへ向けて…』 ギュスターヴ、ルイズ、そして現れたワルドら三人がトリステイン魔法学院を出発したほぼ同時刻。当座の目的地であるラ・ロシェールの町の一角に店を構える酒場 『金の酒樽亭』。20年前に店を構えて以来、立地条件から常連客の多くは傭兵や盗賊あがりなどのアウトローばかりで喧嘩も絶えないが、酒の質と量が 顧客の範囲を決めている節もある、そんな店である。 その日も朝から、いや、前日の晩からどんちゃん騒ぎをしながら酒をかっくらっている一団が店に陣取り、強い酒やら肴やらを食い散らかしながら 荒くれた男立ちが管を巻いている。 そんな店に、ふと見慣れない客が入ってきたな、と酒場の主人は出入り口からこちらに向かってくるものを認めた。 ローブを身に着けて、フードで陰になり顔は窺えないが、その両足には中々の装飾がされたブーツがきっちりと履かれている。 謎の客はカウンターの椅子に座ると、主人の前にとす、と小気味よい音を立てる皮袋を置いた。 主人がその袋の口をあけてみると、中には新金貨がぎっしりと詰まっている。 「お客さん、そんなに出されても困りますよ」 金回りのいい客は一見商売として旨みがあるが、荒くれ者を扱ってきた主人は一方で、なにやら危うい背景があるのではないかな、という勘繰りを持った。 客はカウンターに肘をついて答えた。その声は、女性。 「宿代も入ってるんだよ。部屋は空いてるかい?」 それも路地裏で立ちんぼしているようなうらぶれた女ではない。凛としたものが混じった、美女といえる類の声だ。 主人がその女と宿代の周りで交渉していると、角で酒を飲んでいた傭兵くずれの一団が女を囲むように集まってきた。 「お姉さん、ひとりでこんな店にはいっちゃ、いけねぇなぁ」 「危ない連中が多いからなぁ。怖かったら守ってやるぜぇ、ベッドの中までな、ギャハハハハ!」 酒臭い息を吐きながら、一団の一人が悪戯のようにフードを引っ張ると、その下から女の顔が覗く。 鼻筋の通った小顔、裏の世界を見てきた人間が持つ鋭い目をしている。髪は特徴的な、鮮やかな緑色。 女を知る者は彼女を『土くれのフーケ』と言う。 酒で調子づいている傭兵達は、それぞれに奇声を上げ口笛を吹いてフーケを見た。 「こいつぁべっぴんだ。見ろよこの綺麗な肌をよ」 品性の疑わしい声で一人がフーケの顎筋に手を伸ばすが、フーケは蝿を払うように手を振る。 「気安く触るんじゃないよ、蛆虫」 鬱陶しげに席を立つと、羊を追い込む獣のように男達がフーケを取り囲もうと動く。 やがて一人が手を伸ばしながらフーケに迫る。 「へっへっへ、怖がらなくても悪いようにはげへぇっ!」 フーケの肩に手を置こうとした男は、次の瞬間に何かに弾き飛ばされるように吹っ飛んでテーブルに頭から突っ込んだ。テーブルの上の瓶やグラスが床で砕ける。 驚いて一団が振り向くと、すっと長いフーケの足が、ちょうど吹っ飛んだ男の顎の高さまでピンと伸びていた。 フーケの足が男を蹴り飛ばしたのだった。 数拍して事態を把握した男達は、酒で濁りきった声でフーケに叫ぶ。 「このアマ!」 同時に男達はフーケを捕まえるべく手を伸ばすが、フーケの足はしなる鞭のように男達を強かに蹴り飛ばした。 「ぐへぇ!」 「ごはっ!」 「あぎぃ!」 酒場はあっという間に竜巻が出入りしたかの如き惨状を呈した。窓に首を突っ込んで伸びている者、椅子とテーブルの山に埋もれている者、ある者は 店の柱に叩きつけられてえびぞりで気絶している。酒場の主人は喧嘩程度はいつものことさ、という風情でのんきにグラスを磨いていた。 まだ息のある一人にフーケが近づいていくと、男は子供のようにブルブルと震えて慄いた。 「ま、まってくれぇ!俺達はもうなにもしねぇよぉ!」 「そんなに怖がることは無いだろう?私はあんた達を雇おうと思っただけさ」 冷ややかに笑うフーケの顔を怪訝な表情で男は見た。 「や、雇う?」 「そうさ。金なら、ホラ」 フーケはテーブルの一つに、カウンターで主人に渡したように金貨の入った袋を置く。 「一人新金貨で100ずつ渡しとくよ。その代わり後で私の命令に従ってもらうからね」 金の酒樽亭を後にしたフーケは、そのまま町の路地に入る。路地を進むと脱獄の時に姿を現した、仮面の男が待っていた。 「……お前さんの言った人数は集めたよ。これからどうするんだい?」 フーケは脱獄後、このラ・ロシェールまでつれてこられてから、脚の『準備』をしつつ、アルビオンからやってきた傭兵たちから情報を集めるように指示されていた。 しかし前日になって、今日は「傭兵たちを金で集めろ」と指示を受けたのだった。 仮面の男は地図を渡して話す。 「この印の付いたところに傭兵の半分を待機させて、そこを通った者を襲わせろ」 「残りの半分は?」 「保険だ。暫く伏せておけ」 「ふぅん…まぁいいさ。少なくとも、この『脚』の礼分は働いてやるよ」 カツカツと地面を踏み鳴らしてフーケは答えた。 ルイズ、ギュスターヴ、ワルドの一行は一路ラ・ロシェールへの道をひた走っていた。 「走る」といってもそれは馬に乗っているギュスターヴだけの話で、ワルドとルイズは悠々と空を飛ぶグリフィンの背である。 駅逓で馬を変えるたびに疲労の度合いを濃くしていくギュスターヴであるが、懸命に先行するグリフィンを追いかけていた。 ルイズはグリフィンの上から眼下を走る馬上のギュスターヴを心配した。 「ねぇワルド。あんまり急ぐとばててしまうわよ」 「僕とグリフィンなら大丈夫さ。これくらいの距離はなんでもない」 「そうじゃなくて、下でついてきてるギュスターヴのことよ」 「付いてこれないならおいていけばいいさ」 「彼は私の使い魔よ。放っておく事はできないわ」 そんなルイズの言葉を聞いて、どこか悲しげな目でワルドは見た。 「どうやら、あの使い魔君に心奪われたらしいね」 「そ、そんなわけじゃないわ!」 「本当かい?まだ僕のことを婚約者として見ていてくれているかい?」 「それは、その…あの頃はまだ、小さかったし…」 「僕は君のご実家の、ラ・ヴァリエールに見劣りしないものが欲しかった…」 ふと、ワルドの視線がどこか遠くを見ている。 「父も母も亡くなってしまってから、軍に入って出世して、君のご実家にも指差されず会いにいけるくらいになりたかった。 お陰で今は、近衛軍の精鋭の綱とりを任されている」 「出世したのね、ワルド。…でも、私はあの頃と同じ、魔法の使えないゼロのルイズよ」 そう答えたルイズを、ワルドは優しげに頭を撫でた。 「君は暫く会えなかったから、気分が落ち着かないだけさ。この旅はいい機会だ。ゆっくり、昔の気分を思い出すといいよ」 爽やかに笑いかけるワルドだが、ルイズはどこかそれを手離しで喜べない。 再び眼下、懸命についてくるギュスターヴを見るのだった。 馬上で汗を流しながら、ギュスターヴは懸命に馬を操って大地を進んでいた。かろうじて街道らしき道筋を通っている事は判ったし、場所場所で立て札の類を見たり、 上空のグリフィンの向いている方角を確認して進む。 黙々と手綱を引いていたギュスターヴに、デルフが話しかけてくる。 「相棒、大丈夫かい?」 「まだ馬に慣れきってないからな。後が怖いな」 鍛錬を重ねたとはいえ、齢49の身体である。酷使すれば若者のようには行かない時もある。 「お嬢ちゃんとワルドって奴、上で何話してんだろーな」 上空のグリフィンをギュスターヴは見た。否、グリフィンにまたがる二人を、ルイズに寄り添うようにするワルドを、その眼で見た。 「さぁな。ただ」 「ただ?」 グリフィンを確認してから、ギュスターヴは手綱を繰って街道を走る。その表情は、苦虫を噛み潰したような渋みを含んで。 「あの若造、何か隠しているような気がするな」 場所場所の駅逓で馬を乗り換えること、3度。時間も迫って夕暮れが近い。それだのに四方は川もなく、むしろ丘陵を登っている事にギュスターヴは疑問を抱いた。 「なんでこんな山間にはいるんだ?船に乗るんだろう…?」 船に乗るなら港に行くものだ。しかし山に入っていって港に出るというのはギュスターヴには理解できない。薄暮の空に影を射し始めたグリフィンを見て、ほのかに 嘆息する。 「付き添わせるならもう少し詳しい指示を出してくれよ。ルイズ…」 山間の道を辿って行くギュスターヴ。起伏が激しく、木々も茂る中を進んでいると、どこからか複数の松明がギュスターヴの乗る馬の前に投げ込まれた。 「何だっ?!」 火は生草の上でちろちろと燃えるのみだった。しかし次の瞬間、ギュスターヴの馬目掛けて無数の矢が打ち込まれてきた。 その内に尻に一本の矢が刺さり馬が暴れて立ち上がろうとするのを強引に押しとどめたギュスターヴは急いで手近な木の陰に寄って下馬し、 手綱を木に結んで身を隠した。 「夜盗か…?」 と、上空を見ると木の陰に暗い空を飛ぶグリフィンが、先ほどよりもずっと小さく見えた。 「あの二人、気付いてないのか…?」 そうしている間も松明の火を頼りにした謎の弓撃はギュスターヴを囲むように飛び、馬の肌を掠めると錯乱した鳴き声を上げている。 デルフを抜いてギュスターヴは夜盗と思わしき集団に対峙すべく動き出した。 「相棒、嬢ちゃん達に置いてかれちまったぜ?どうするのよ」 「今更引き返すわけも無い。ここを突破して追いかけるぞ」 これ以上馬が傷つくのを避ける為にあえて影から飛ぶと、矢もギュスターヴを追うように飛んでくる。木や岩の陰に隠れながら自らを射掛ける者がどこに 潜んでいるのかをギュスターヴは探していた。矢の飛んでくる間隔を覚えながら移動すると、薄暗い林の中に弓を番えてこちらを見ている集団を認めた。 「あそこだな…」 確認するとデルフを地面に刺し、帯巻きにしているナイフを一本、『左手』に握った。 (ガンダールヴというのが身体能力を高めるのならば…) 呼吸を整え、体から闘争心を引き出す。そして静かに眼を瞑った。 この時ギュスターヴは単にそうするだけではなく、聞こえる音に神経を注いだ。ガンダールヴが武器を握って心を震わす時、体から引き出す力は 筋力だけではないということにギュスターヴは気付いていた。肌に触れる風、聞こえる音、匂い、眼に入る光すらも平時よりも肉体は敏感に捉える事ができるのだった。 そしてギュスターヴの聴覚にははっきりと聞こえたのだ。弓に張られた弦が空気を切る音、飛翔する矢羽の欠けが風を裂く音、木の幹に鏃が刺さるわずかな音も 聞き漏らさなかった。 活目し、身を乗り出したギュスターヴ。音に聞こえた場所を注視した。薄暮の空、目が捉える光が少ない時間において、ギュスターヴの眼には陽光の下と大差なく、 鮮明に夜盗の弓構える姿を写していた。 「そこだっ!」 ナイフを握る左手のルーンが光る。ギュスターヴは引き出された身体能力を駆使してナイフを投げた。 手を離れたナイフは空を回転しながら飛び、寸分の狂い無く夜盗の喉にその刃を滑り込ませた。ナイフが突き刺さった一人の夜盗が、喉を抑えるように呻いて倒れる。 ギュスターヴはすぐまた身を影に隠した。 「やるじゃねーか相棒」 地面に刺さったままのデルフが話す。 「ああ。でもナイフも無限にあるわけじゃない。これだけで切り抜けられるかな…」 反撃を受けると思わなかったのだろう夜盗は矢掛けるのを止めたが、多勢を貨って再び矢を打ち込んでくる。今度は脂を含ませた火矢を混じらせて飛ばし、 辺りの草木に突き刺さるとそこから徐々に燃え始める。 「ちょ、まじやべーぜ相棒!辺りが燃え始めてるぜ」 「しかし今飛び出せば矢に当たるだけだ…くそ!」 夜盗は一心不乱に矢掛けてくる。仲間がやられてあせっているのかもしれない。 ギュスターヴの周りを火矢の炎が広がって炙り始めようとしていた。 と、その時。『真上』からギュスターヴの周囲に降り注ぐ『氷の槍』。燃えかけていた草木で溶けると火を消していった。 同時に、物陰から矢掛けていたはずの夜盗から悲鳴が上がる。 「りゅ、竜だぁ!」 「メイジが乗ってるぞ!」 「火の玉がとんでくるぅ!」 悲鳴を上げながら夜盗の声が散って遠くなっていく。ギュスターヴが見上げると、学院の生活で見慣れた竜に、顔なじみの少女が二人乗っていた。 「ハァイ?ミスタ」 「キュルケ!タバサ!」 矢を受けて傷ついた馬はシルフィードが咥え、ギュスターヴはシルフィードの背中を借りてラ・ロシェールを目指すこととなった。 どうしてここへ、と問うギュスターヴに対して、 「ミスタとルイズが気になっちゃって、ね?」 ふられたタバサは頷く。背中には、あの飾ったようなレイピアが背負われている。 「それも持ってきたのか」 「何かに使えるかもと思って。それに出先でも修行ができるでしょ?」 大人用のレイピアを背負うと、タバサに舞台をひしめく人形のような、ある種の滑稽さを作っている。 「それにしても、使い魔を置いていくなんてルイズも薄情ね」 「いや、ルイズは気付いていなかった。夜盗が襲ったのは地上を移動していた俺だけだった」 「そのワルドっていう人、本当に護衛なのかしら?」 キュルケは見知らぬワルドの姿を想像しようとした。 「さてな。王女から預かり物を持ってきたところや、先日の王女がやってきた時に護衛をやってきたあたりから、それなりに腕の立つ、 それで高官や王女に覚えがある軍人なのだろうとは思う」 シルフィードの翼が風を切る中、三人は答え無き考えの中に泳ぐ。 「……ひとまず、ラ・ロシェールという町まで行ってルイズと合流しよう。話はそれからだ」 「そうね。飛ばして頂戴、タバサ」 頷いて、タバサはシルフィードの首を叩く。 一鳴きしたシルフィードは、薄暗くなりつつある空を飛んでゆくのだった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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前ページ次ページ死人の使い魔 第二話 翌朝、目覚めたルイズは寝ぼけながらみたグレイヴに驚いた。 一瞬、何故部屋に死体がなどという考えが頭に浮かぶ。 そんなルイズの考えを知ってか知らずかグレイヴも目を開ける。 私が起きたのがわかったのかしら? 着替えながらそんなことを思う。手伝ってもらうという考えも 浮かんだが、彼をみるとそんな気持ちなどなくなる。 昨日寝る前に家事をさせてみようかなどとも考えていたのだが、 そんなものは似合わないし、自分の目の届かないところで 何かをさせるのは不安な気がした。 着替えが終わったあと改めて彼を観察する。 見た目は二十歳代の後半くらいに見える。 黒髪は肩まで伸びていて肌は浅黒い。服装も変わっている。 少なくともトリステインでは見かけない。 目に付く特徴の一つとして眼鏡もあげられる。眼鏡じたいは珍しい ものではないが、左目のレンズは 黒く、白い十字が描かれている。 伸びた前髪がレンズにかかっていることもあり左目を見ることはできない。 ただそのレンズの奥をのぞこうとは思わなかった。 その目を通るように大きな傷跡が縦に刻まれていたからだ。 もしかしたらレンズの奥の左目は無いかも。 頼んでみれば眼鏡を外してくれそうだったが、確かめる勇気はなかった。 「ついてきて」 朝の準備を終えたあと、彼に声をかける。 彼が立ち上がり鞄を手に持つ。 かなりの長身だ、そして猫背で歩いている。 それがまた多少の不気味さを出していた。 「それ持っていくの? まあいいわ、よっぽど大事なものなのね」 アタッシュケースの中身を理解せずに気軽に許可を出す。 ケルベロスがどういうものかを知っていれば 許可は出さなかったかもしれないが。 ルイズとグレイヴが部屋を出るとちょうどキュルケが部屋から出てきた。 キュルケにグレイヴのことを平民の使い魔だとからかわれる。 「なんであんたは私が、へ、平民を呼び出したのを知っているのよ」 本当は平民じゃないのにと真実を言えない悔しさを混ぜながら答える。 それにグレイヴのことは学院長とコルベール先生しか知らないはずだ。 「あら、結構うわさになっているわよ。ゼロのルイズが平民を召喚したって」 ゼロと平民を強調しながらキュルケが答える。 「昨日あなたが呼んだ箱の中身を気にしている人が結構いてね、こっそり のぞいていたらしいわよ。立派なのは入れ物だけだったわね、残念ねルイズ」 そんな言葉のあとにキュルケの使い魔の自慢が始まった。 サラマンダーでフレイムというらしい。悔しいが立派だ。 彼女の属性にも合っている。素直に認めるのはしゃくだが。 不意にキュルケがグレイヴに名前を尋ねた。 「あなた、お名前は?」 「……………………」 答えはない。 あわてて答える。 「彼グレイヴっていうの、それと喋れないの」 キュルケは驚いた顔をしたあと、残念ねと言い、 お先に失礼と サラマンダーを連れて去っていった。 「なによあの女、自分がサラマンダーを召喚したからって」 一人で愚痴る。グレイヴは相変わらずだった。 食堂に着きグレイヴに声をかける。 「そういえばあんた何を食べるの?」 人と同じもの?それとももっと別の何かだろうか? そもそも食事は必要なのか? とりあえず隣の席に使用人用の食事を用意してもらっている。 その席にグレイヴを座らせるが食事をする気配はなかった。 「喋れないのって本当に不便ね」 私の言っていること理解しているのかしら? たまたま従っているように見えるだけで実は、 意志の疎通はできていないのではと不安になる。 授業が始まる前ミセス・シュヴルーズがグレイヴについて指摘したせいで、 またゼロのルイズだの平民の使い魔だのとからかわれた。 からかった生徒に反論しながら思う、彼はただの平民じゃない! と。 彼が喋れて自分の正体を説明できれば、きっとゼロの二つ名も 平民の使い魔という評価も返上できるのに。 ミセス・シュヴルーズが騒ぎを収め授業を始めた。 先生の『錬金』の授業を聞き流しながらグレイヴのことを見る。 私は魔法を使えない。正確には使おうとすると爆発が起きる。 そのためゼロと呼ばれているのだがその分、いやそれ故に 座学のほうは頑張っているのだ。今日の講義も予習は済んでいる。 そもそもグレイヴは何者なんだろう? ミスタ・コルベールが言うには魔法以外の技術で作られた ガーゴイルらしいが、実際はどうなんだろう? 案外ただの平民だったらどうしよう。 などと考えていたらいつの間にか授業は終わっていた。 その日のコルベールは興奮していた。まだ触れたことのない未知の技術、 それも非常に高度な。その技術に触れることができるのだ。 そのための準備は昨日のうちにしておいた。といってもトレーラーを 自分の研究室の近くに運んだだけなのだが、それが非常に大変だった。 タイヤがついているからと馬でひいてみたが 馬ではひけないくらい重く、 学院の教師達に応援を頼みやっと運んだのだ。 はやる気持ちを抑えトレーラーに乗り込む。 やはり素晴らしい。 目を輝かせながら中を調べ始めるのだった。 昼食の時間になりグレイヴと食堂に向かうルイズだったが、 ふと思いついたように言う。 「あんた食事はいらないんでしょう?」 うなずくグレイヴ。 「なら部屋で待ってなさい。あとで迎えにいくから。部屋まで一人で帰れる?」 再びうなずき、グレイヴは部屋の方へ歩き出した。 一人で行動させるということに多少の不安はあったが、部屋に戻るくらいは 大丈夫だろう。 食堂にいて何も食べないのは不自然だ。周囲の人にとって彼は ただの平民なのだから。 食事が終わりデザートを食べているが、またグレイヴのことをぼんやりと 考えていた。 最後の一口をというとき、何やら後ろが騒がしかった。少し耳を傾けて みるとギーシュが一年生の女子と揉めているらしかった。 頬をひっぱたく音が聞こえたが、ルイズにはどうでもよかった。 最後の一口を食べながら再び考えに沈む。ふと目をやるとギーシュが モンモラシーに 頭からワインをかけられていた。 そのあとギーシュの友人らしき人物がギーシュに謝っているのが見えた。 「すまないギーシュ、壜を拾ったばかりに」 心底どうでもよかった。 デザートを食べ終えたのでルイズは食堂をあとにした。 ルイズがグレイヴを迎えにいくとグレイヴが部屋の前に 立っているのが 見えた。 もしかして扉開けれないのかしら? そこで気づく、鍵をかけていたことに。 でも鍵がかかっていたなら私のところに来ればいいのに。 しかし扉を開けようとして開かずに立ち尽くすグレイヴを 想像して、少し可笑しくなった。 よく見れば少し不機嫌なようにも見える。 部屋の鍵くらい持たせていいかしら? 食事のたびに部屋の前で立たせるのは可哀想な気がした。 言うことには素直に従うし、鍵くらいなら渡してもいいだろう。 あまり考えずに決断する。 時間を確認すると授業にはまだ時間があった。 ミスタ・コルベールに会いに行こうかしら。何か分かったかもしれないし。 「グレイヴ、ついてきなさい」 トレーラーの中にコルベールはいた。 朝からずっと休憩も取らずに中を調べていた。 中に入ってきたルイズとグレイヴをみて、ため息をついて言う。 「素晴らしい技術です。いったいどこで作られたのか、想像もつきません」 それからいかにこれらが素晴らしいかを興奮しながら語り始める。 ルイズには難しいことは分からなかったが、とにかく凄い ということは 伝わった。 改めてみると使い方の分からないものばかりだ。 奥のイスを見る。 あそこにグレイヴは座っていたのよね。 するとコルベールが気になることがありますと イスまで二人を連れて行く。 コルベールの顔を見ると強ばった顔をしていた。 このイスに繋がっていたパイプを覚えていますか? と尋ねられる。 このパイプがはずれグレイヴは目を開いたのだ。 記憶に強く残っている。 「私もパイプのことは記憶に残っていて調べてみました。 そうするとそのパイプの先には血液、それも恐らくですが人間の 血液がありました。彼は血液で動いているのかもしれません」 それはチェンバーと呼ばれるもので、血液を補給するものではなく、 交換するための道具だったのだが、コルベールにもそこまでは 分からなかった。 ルイズの頭の中には吸血鬼という考えが浮かぶ。 しかしその考えが聞こえたかのようにコルベールは否定した。 「元が吸血鬼という可能性はありますが、彼は吸血鬼ではないと思います。 少なくとも一般に知られている吸血鬼ではありません。吸血鬼の特徴と あまりにかけ離れすぎています」 「じゃあ、彼は一体なんなんです?」 「分からないですが、ガーゴイルのようなもので間違いはないと思います。 人の血液で動くというのがつきますが」 「グレイヴは人間を襲うんですか?」 怯えながら尋ねる。 「分かりません。ただ当分は大丈夫だと思います。 まだここに大量の血液が残っていますので。 どうやって集めたのかは分かりませんが」 ルイズには嫌な考えがというか、嫌な考えしか浮かばない。 「まあこれからも彼と付き合っていくなら、何らかの方法を考えなければ ならないでしょう」 しかしと続けまたこの技術に対する賞賛になる。 「新鮮な血液を長期にわたり保存する方法はないのですが、 これはそれを可能にしています」 血液のパックをみながら言う。 「本当に彼が喋れないのが残念です、是非とも話を聞きたかった」 ルイズはコルベールの態度が気にかかり尋ねる。 「あのグレイヴのことは恐くないんですか?」 彼は人間の血液で動く、いわば化物のようなものだ。 それなのにあまりに能天気なようにみえる。 「まったく怖くないといったら、嘘になりますがね」 少し微笑みながら言う。 「しかし私は彼に何かをされたわけではないし、 これからも何かをされるとは思えない」 でもとルイズが言う。 「言いたいことは分かりますよ、しかしですね、この技術をみてください。 血液を新鮮な状態で保存する。確かに気持ちのいいことではありません。 しかしこの技術が実用化されたら将来多くの人が助かる可能性が出てきます。 技術というのは扱う人しだいです。彼についても同じことが言えるのでは ないでしょうか?」 それを聞いてルイズは思う。 そうよ主人の私がしっかりグレイヴの手綱を握っていればいいのよ。 気持ちがかなり楽になる。 しかしそのためには人間の血液、もしくはそれに代わるものを 見つけなければならないのだ。そこで気づく。 「あのグレイヴはいつ、どれくらいの血液を必要をしているのですか?」 「分かりません」 答えはあっさりしたものだった。 「必要になったら彼が教えてくれるでしょう。量については一度目の ときに計測しましょう。あと、このことについても皆には秘密ですよ、 私も学院長にしか報告しません」 「分かっています」 うなずきながらルイズは答える。 しかし秘密ばかりが増える。 それもこれもみんなグレイヴのせいだと、少し疲れた顔をしながら 彼のほうをみる。 すごい重要な話をしていたのに相変わらずの無表情だった。 しかし釘だけはさしておかなければ。 「いい、あんたの血液に関しては私が何とかしてあげるから、 絶対、ぜ~ったいに人を襲ったら駄目だからね」 グレイヴはうなずく。 本当に分かってんのかしら。ため息をつきながら思う。 しかし正体はどうであれ、彼は私の使い魔なのだ。 私がしっかりしなくては。 再びそう強く思った。 前ページ次ページ死人の使い魔
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貴族派の軍が混乱している隙をつき、シルフィードが包囲網を猛スピードで抜けていく。 数発魔法や飛び道具が飛んでくるが、あらぬ方向へ飛んで行くだけであった。 「とりあえず前線は抜けたようね」 キュルケの呟きにタバサが返答する。 「油断禁物」 「そうね、後ろに控えてる部隊もいるでしょうしね…ね、ねえ…心なしかスピード落ちてない?」 「過重なのに飛ばしすぎた」 前方の貴族派の軍がこちらを見上げている。 味方ではないと感づき、竜騎士が二体あがってくる。 ルイズが叫ぶ。 「どうすんのよーッ!この竜のブレスで片づけられるのーッ!?」 「私の風竜は吐けない」 「じゃあ、タバサの魔法は?」 「精神力切れ」 ルイズは振り向いてキュルケ達を見る。 「私も種切れよ」 「僕もさ」 ギーシュは肩をすくめる。 「ダービーさんはなにか持ってないの?もうこの際なんでもいいわよ」 「嬉しいことに完売御礼でね、弁当でもぶつけてみますか?」 ルイズはため息をつく。 「どうすんのよ」 ワムウが立ち上がってタバサになにごとか話しかける。 「スピードをできるだけ落とさず上昇しろ」 タバサは黙って頷き、シルフィードを三十度ほど傾ける。 「ちょっと、急になにするのよ!」 かなりの傾斜になり、滑り落ちそうになったルイズがわめく。 かなり高くあがったためメイジの魔法が届かなくなる。 そのため隊の上空を滞空していた敵の竜騎士がこちらに向かって上昇してくる。 「どうすんのよワムウ!かなり高空に来たからスピードが更に落ち…」 ワムウはシルフィードの背から落ちた。 空中でスレッジハンマーを構え、不幸にも真下にいた竜騎士の騎手に振り降ろす。 嫌な音を立て、騎手は竜から落ちていく。 もう一人の騎士はあまりの出来事にぽかんと口を開けるが、はっとして竜を操り、ワムウに向かってくる。 高速でブレのない軌道であっというまにワムウの背後につく。 射程距離に入り、ブレスを吐いた瞬間、ワムウはいきなり急上昇した。 普通の竜騎士はせいぜいベルトで固定しているくらいで、背面飛行などとてもではないが不可能だ。 しかし、ワムウは普通の竜騎士でも、普通ではない人間でもなかった。 竜の体に潜行しているため、どんな状態からでも落ちることはない。 ブレスをかわせる大きさの逆宙返りを華麗に決め、背後からブレスを放つ。 ブレスのために喉の袋の燃料に引火し、燃え上がっている竜は、焼け爛れ叫び声をあげる騎手ごと落下していった。 竜に乗ったワムウがシルフィードの横にあがってくる。 「最も重かった俺も降りただろう、このスピードを維持できるか」 「やる」 タバサが短い返事とともに頷き返すと、ワムウは高度を下げ、次々とあがってくる他の竜騎士を落としにかかった。 アルビオンを抜け、スピードの遅い火竜から再度シルフィードに乗り換えたワムウ。 「騎馬戦はやったが騎竜戦は初めてだったが…どうだ、レッドバロンも真っ青だっただろう」 「なによ、レッドバロンって」 ルイズたちも、戦場を抜け、いくぶんか気を楽にしている。 ギーシュが笑う。 「レッドバロンはわからないが、レッドコメットにも匹敵するね」 「どっちもわかんないわよ」 ルイズが口を尖らして言う。 「やれやれ、あの赤い彗星を知らないなん…」 「曲がる」 タバサが呟くと同時にシルフィードの体が大きく傾き、数人体勢を崩す。 「きゃああ、落ちるーッ!」 「ぐあッ!」 落ちそうになったルイズはギーシュを思いっきり蹴り飛ばし、なんとか竜の体にしがみつく。 「ぼ、僕を踏み台にした!?」 いきなりの揺れと蹴りが同時に来たギーシュは無様にも落下していった。 「いいのか、助けなくて」 「ギーシュならレビテーションで着地するし、そういえばラ・ロシェールに私たちの馬を 置いたままだったわね…ギーシュ、私の馬もお願いね」 落とした張本人のルイズは、とくに気に留める様子もなく、下に叫ぶが返事はなかった。 一悶着二悶着ありながらも、宮廷に到着しアンリエッタの部屋に二人は通される。 「……そうですか、ウェールズ様はやはり父王に殉じたのですね…… それで、ワルド子爵はどちらに?…もしかして、敵の手にかかって…」 ルイズはいいにくそうに俯く。 「姫さま、ワルド子爵は……裏切り者でした…ウェールズ皇太子様は、奴の手にかかって……」 「なんですって…」 アンリエッタは愕然とし、わなわなと震える。 「姫様…」 ルイズが心境を察してか、辛そうな顔をする。 「ゆ……」 「…?」 ガタンとアンリエッタが顔を上げる。 「許しません…絶対に許しませんよ売国奴め!じわじわとなぶり殺しにしてやるわ! トリステイン総力をあげて新アルビオン兵一人たりとも逃がさないと誓うわ!覚悟しなさい! 即刻アルビオンを奪還します!竜騎士第一連隊長カンダ及び第二連隊長クリハラ、 メイジ第一連隊長ギルガメッシュに伝えなさい、命令は見敵必殺、以上よ! 不運なアルビオン人たちをレコン・キスタとやらの手から解放してあげなさい!」 そういって、机を叩く。 「ひ、姫さま……」 ルイズはあまりの豹変ぶりにオロオロとする。 「姫さまはあまりの出来事に錯乱しておられるのです、私が説得しておきますので、 皆様はどうかそっとしてあげてください」 マザリーニがそう言って、部屋をでるのを促すので二人はそれに従った。 「よくこの国はいままでもっていたな」 「あんた、宮廷内で不敬すぎるわよ。いつもの姫さまとは全然様子が違ったもの。そりゃ愛する…… 従兄が自分の任命した裏切り者に殺されたとなれば…誰だって錯乱くらいしかねないわよ」 「ふむ、人間とはそういうものか」 「私もまだよくわからないけどね」 待合室に二人は戻る。数十分たつとアンリエッタとマザリーニがやってくる。 「姫さまは大丈夫ですか?」 「ええ、紫電改のタカを読ませて教育しましたから」 キュルケが呟く。 「ずいぶん偏った政治教育してるのね、トリステイン王家は」 「ちょっとキュルケ、トリステインを馬鹿にしないでよ」 「別に馬鹿にはしてないわよ、あんたこそ一々つっかかりすぎなのよ」 「なによ、あんたみたいな野蛮なゲルマニア人に口出しされるほどトリステインは落ちぶれてないわ」 険悪な雰囲気になりそうなところを、ダービーが咳で遮る。 「そういえば、レンタルしてたハンマーと後払い分のお金を貰ってませんでしたな」 「ああ、そうだったわね…ワムウ、あのハンマー返しなさい」 「うむ、ない」 「ああそう…ってえええええ!どこやったのよ、あれ!」 ルイズがキッとワムウを睨む。 「竜に潜行する際にどこかで放したようだ、運がよければ貴族派の頭上にでも落ちたかもしれんな」 「なにが運がいいよ!どうするのよ!」 「ならば、買い上げて貰うということで」 ダービーが口をはさむ。 「しょうがないわね、いくらなの」 「六百エキューです」 「ああ、わかったわ…ってちょっと待てええええええッ!なによその価格!家が買えるわよ! ヴァリエール家の三女をボッたくろうっての!?」 「とんでもございません、あれは非常に精密にできているのに、文字通り落ちていた物で、再現することは 不可能なんですよ。あれは芸術品といっても過言ではありません、オーパーツなどといった可能性を考慮すれば 六百エキューは非常にリーズナブル、良心的価格でございます」 ルイズは唇を噛む。 すると、アンリエッタがなにか気付く。 「あら、ルイズ、服の内側になにかはいっているようだけど…」 「そうでした姫さま!その…ウェールズ皇太子様が、アンリエッタさまに渡してくれ、と預かった物です」 そういって、ルイズは風のルビーを渡す。 「ウェールズ様が、わたくしに…」 そう言って、風のルビーを指にはめる。 アンリエッタはルイズを見据え、決心したように言った。 「わかりました、この指輪、六百エキューで買い取りますわ、あなたはそれで彼に代金を払って差し上げなさい」 「そ、そんな姫さま、そんなわけにはいきません!」 「忠誠には報いなければいけません、彼に六百エキュー渡せばいいのですね、彼には払っておきますので 皆様はどうぞ学園にお戻りくださいませ」 「姫さまの婚姻も発表されるし、ほんと激動の数日間だったわね…」 教室でルイズはため息をつく。 「ほんと、私たちもあんな泥仕合に参加する羽目になるとは思わなかったわよ」 キュルケがあくびをしながら言う。 「おい、そこ!口でクソたれる前と後にサーと言え!分かったかウジ虫!」 おしゃべりに気付いたギトーに注意される。 「私たちいない間になんに影響されたのよ、あの先生」 「黒騎士物語でも部屋においとけば来週には変わるんじゃないか?」 ギーシュが口を挟む。 「なんであんたそんなもの持ってんのよ」 「源文先生は全ての男の英雄だからね」 白い歯を見せて笑う。 「初めてきいたわよ、そんなの」 キュルケが気だるげに言うと、ギトーにまたもや見つかる。 「そこ!次喋ったらじっくりかわいがってやる!泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」 「はいはい、わかりましたよ先生」 キュルケが不機嫌そうに言う。 「はいではなくサーだ!そして先生ではない、教官と呼べ」 「イエスサー教官」 「それでいい」 満足げにギトーは黒板に戻る。 授業のベルが鳴る。 「授業は終了だ!分かったか豚娘ども!」 と言い残してギトーは教室を出ていった。 キュルケがルイズに話しかける。 「前から思ってたけど、あの先生とびきりのバカね」 「気付くのが遅すぎるわよ」 数分後、次の授業の担任であるコルベールが珍妙な物を抱えて教室にはいってくる。 「それはなんですか、先生」 ルイズが質問をする。 コルベールがしたり顔になる。 「ふふ、よくぞ聞いてくれました。その前に皆さん、『火』系統の特徴を、誰かこの私に開帳してくれないかね?」 視線が校内でも有数の『火』のメイジであるキュルケに注がれるので、しかたなくめんどくさそうに答える。 「情熱と破壊が『火』の本懐ですわ」 「そうとも!」 コルベールはにっこりと笑う。 「しかし、情熱はともかく『火』の司る物が破壊だけでは寂しいと私は常々思っていましてね、 『火』とは文明の象徴!使いようによっては色々と楽しいことができるのです。いいかね、 ミス・ツェルプストー、戦いだけが『火』の見せ場ではありませんよ」 「トリステインの貴族に『火』の講釈を承る道理はありませんわ! ……それで、その妙なからくりはなんですの?」 コルベールは少々気色の悪い笑みを浮かべる。 「うふ、うふふふ、そう、これこそが私の傑作品、愉快なヘビくん試作八号、油と火の魔法を使って 動力を得る、私の発明品ですぞ!」 生徒から質問があがる。 「七号まではどうしたんですか、先生」 「発明に失敗はつきものなのですよ、諸君」 ばつの悪そうに顔をしかめたが、すぐに笑みを浮かべる。 「まあ、ご覧なさい!まず、この『ふいご』で油を気化させる」 コルベールはふいごを踏む。 「すると、この円筒の中に気化した油が流れ込むのですぞ」 円筒の横に開いた小さな穴に杖を差し込み、呪文を唱える。 すると、円筒の中から発火音が聞こえ、それが気化した油に引火し爆発音に変わる。 そして、円筒の上のクランクが動きだすことによって、車輪が回転し、箱についた扉が開く。 そこからギアを介してピョコピョコとおもちゃのヘビが顔を出す。 「どうですか、皆さん!この円筒の中の爆発によって上下にピストンが動いておりますぞ! これによって車輪が回る!するとほら!中から可愛いヘビくんが顔を出してご挨拶!面白いですぞ!」 教室が静まる。生徒は皆、なにが面白いのだろう、と言いたげな冷めた顔でみている。 「それで、それが何の役に立ちますの?」 キュルケが感想を述べる。 「えー、今は愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、たとえばこれを荷車に乗せて車輪を回させる。すると 馬がいなくとも荷車が動くのですぞ!ゆくゆくは、サイボーグに搭載して舌で操作する加速装置に…」 「そんなの、魔法でやればいいじゃない」 モンモンラシーが呟く。 「諸君、よく見なさい!今は点火を魔法に頼っておりますが、たとえば火打ち石などを利用して、魔法なしでも 点火を断続的に行なえるよう改良していけば、魔法なしでも…あ、こら、まだ授業は終わっていませんぞ!」 興奮した様子のコルベールとは対照的に生徒は呆れた様子で、今日の授業は変な機械の自慢話が続くようだと 思い、生徒たちは何人も教室を出て行く。最終的に残ったのは生真面目なルイズだけであった。 「うう、ミス・ヴァリエール、あなたなら私の発明をわかって下さると思っていましたよ… さ、この装置を自分で動かしてみないかね?」 そういって、コルベールはルイズを促し、成功した試作装置は無残にもバラバラになった。 To Be Continued...